直木賞候補作! 感動必至!
本の帯には
壊れかけた家族は、もう一度、ひとつになれるのか?羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげられた「時を越える布」ホームスパンをめぐる親子三代の心の糸の物語。
BOOKデータベースより
「分かりあえない母と娘」と、大見出し。
先日読んだ、「口福のレシピ」も、厳しい母と祖母から逃げ出し、家業(品川料理学園)を継ぐことからも逃げ出した主人公が描かれていました。
主人公の実家は、昭和初期から続く料理学校。その誇りを胸に生きている母や祖母とが相容れないのでした。
こちら「雲を紡ぐ」は、もう少し深刻で、主人公の美緒は、高校でいじめにあって、学校へ行きたくない、行こうとするとお腹が痛くなってしまい家で引きこもるようになってしまいました。
心の拠り所は父方の祖母が織ってくれた「赤いホームスパンのショール」。何かあると頭から被ると繭の中にいるような安心感に包まれるのでした。
中学校教師の母は、 美緒が逃げてばかりいる、と責めます。
そんな母も、学校で「娘が不登校なのに偉そうな事言ってるんじゃないよ」と、ネットの学校の裏掲示板に書き込みをされ、マンションのポストに赤字で「タ匕ね」(死ねの意)の書いた紙が放り込まれて苦しんでいました。
ぴりぴりした家庭内に帰るのが辛い父は隣駅の駅前のコーヒーショップで時間を潰してから帰る帰宅拒否症気味。自身の会社では、リストラの波が押し寄せて、家でも会社でも落ち着かない父。そして、実家とは18歳の時に家を出て、紘次郎との確執もあり、ほとんど帰っていませんでした。
ある日、大事なショールが無くなっていました。「また母が私の大事なものを勝手に捨てたのか」
スマホの待受にしている緑の草原と羊たちの写真を見て、
そうだ、京都行こう、じゃないですけど、そうだ、おじいちゃんのところに行こう、と思い立ち、父の実家=岩手県の山崎工藝舎へ、誰にも告げず向かいました。
岩手でホームスパンに出会って、自分を取り戻していく美緒
祖父のホームスパンの仕事、無骨な祖父との暮らし、父の従姉妹の裕子さん、その息子の大学生の太一とのホームスパン制作の様子が語られて、興味深く読みました。
家庭で紡ぐ糸、を意味する「ホームスパン」は、明治10年頃に、イギリス人宣教師によって東北に伝わったそうです。
戦時中、羊毛は軍事物資として軍が管理していたため多くが廃業したものの、戦後は、伝統産業としてホームスパンを守った岩手県で全国の8割のシェアだそうです。
祖父の紘治郎の布は「紘のホームスパン」と呼ばれ、人気を博していました。
祖父の自宅の工房にある羊毛はふわふわで雲のよう。
タイトルの、雲を紡ぐ、は、羊毛を紡ぐ事だったんですね!
美緒は糸車を使って羊毛から糸を紡ぐことを教わりました。
いつしか、羊毛の魅力に取り憑かれていたのでした。
美緒と母親の確執
美緒は、相手の反応を敏感に感じ取りすぎる子。
相手の何気ない表情にも意味を見出して、怒らせた?と自分を責めてしまい何も言えなくなってしまうのです。
いつもビクビクしていて、友達からのからかいにも 毅然としたい態度を取れず適当に流しているうちにいじめが常態化していったのです。
気の強い母は、そんな娘をもどかしく思い、さらに岩手に行ったことで、「逃げている」「これでは留年してしまう」「進学は?」と畳み掛けてきます。
北風と太陽の寓話のように、無理になにかを押し付けるとよけいに意固地になって 何も言わなくなる美緒に…負のスパイラル。
母は、岩手に娘を迎えに来たものの口論となり「泣けばすむと思っている。あなたは女を武器にする、そういうところが嫌い」とまで言われる、美緒は言い返したいのに言葉が出てこない。
性格が違いすぎる親子は、分かり合いにくくて大変だけど 嫌いなわけじゃないと思うのです…頑なになった心を融かすのは…時間とあなたのことを思っているよ、という気持ちを発信し続けることかな??
糸は切れてもつながる
慣れない美緒が紡ぐと、太いところ細いところができて、時にプツンと切れてしまいます。
そんな時、「右と左の糸を握手させて よりをかければ必ずつながる」と太一に教わりました。
家族の関係の暗喩のようにも思いました。
美緒は、仕事の打ち合わせのある祖父とともに東京に戻ってきました。
両親、父方の祖父の紘治郎、母方の祖母、が集まっての食事の最中に美緒のことで喧嘩腰になる母や祖母。
そんな時 穏やかに美緒に助け舟を出して、まとめていく祖父・紘治郎。
無口で無骨な職人気質のようで 心根の優しい祖父。
美緒の心のオアシスであり、ホームスパンの師匠です。
そんな時、祖父が上野のホテルで倒れ、右半身麻痺と言語障害になってしまいました。
優柔不断な美緒が決断して、両親にも明るい気配
なかなか物事を決められない美緒が、ホームスパンを作る職人になる、と決めました。
高校も出る。
自分で作るショールの色さえなかなか決められなかった美緒が、自分のやりたいことをようやくはっきりと口にしたのでした。
美緒が一人で作った不出来なショールをかけてもらって、祖父は逝ってしまいました。
火葬場で、母・真希は夫の手をぎゅっと握りました。
バラバラだった家族がひとつに繋がる予感を感じさせるシーンでした。
宮沢賢治の絵本「水仙月の四日」と「銀河鉄道の夜」の一節が効果的に引用されています。
紘治郎は、水仙月の四日の雪童子のようだ、と母の真希は言います。
土地は寒いけど、人は暖かい イーハトーブ岩手で美緒の心が解きほぐされていくさまを読むのが楽しかったです。
じわ~と心が温かくなり 泣けます。
ホームスパンのようなあたたかい内容でした。
雲を紡ぐ。光を染めて、風を織る。
そうして生まれた布はひとの命をあたたかく包んで未来へ運ぶ。
イーハトーブの街で見つけたものは、美しい糸の道。
光と風の布とともに、私はこれから生きていく。
「雲を紡ぐ」ラスト5行
「自分」を出せず、目標もなく、人の顔色ばかり伺って かたまっていた美緒が、自分の意思で力強く歩きだすラストは感動的でした!
中島みゆきさんの「糸」という歌の歌詞にも似て
縦の糸はあなた
横の糸は私
織りなす布は
いつか誰かを暖めうるかもしれない
中島みゆき「糸」より
きっと誰もが誰かのたて糸に絡んで、いろんな色、柄、手触りの布を相手と二人で布を織っているんでしょうね。
沢山の味わいのある布を織っていけたらいいな、と思います。
伊吹有喜さんの作品は2冊目です
以前、「カンパニー」を読みました。
こちらも感動作で、目頭が熱くなりました。
現在、NHKBSでドラマも放送中ですが、これもまた泣けました!
「彼方の友へ」という作品も良さそうなので、またいつか読んでみたいと思います。