2021年下半期 直木賞(第166回)候補作5作の中の一作、彩瀬まる著「新しい星」を読みました。
2021年下半期 直木賞候補作には、直木賞を受賞した2作「黒牢城」「塞王の盾」の他に、
本屋大賞を受賞した「同士少女よ敵を撃て」「ミカエルの鼓動」と、この「新しい星」の5作品。
既読の「塞王の盾」も「ミカエルの鼓動」も力作で読むのにも時間がかかりました。
こちらの「新しい星」は、短編集で読みやすく、あっという間に読めました。
だからといって内容が薄いわけでは決してなく、何某かの悩みを抱える登場人物それぞれを応援したくなるような、温かい気持ちがじわ~っとこみ上げてくる、連作短編集でした。
Amazon 評価★4.3
登場人物は4人、大学時代の合気道部の仲間の男女4人。
心に深い傷を持っていたり、病気だったり、引きこもりだったり、夫婦仲がうまくいかなかったり…
それぞれのお話が8編収められています。
⚠ あらすじとネタバレです、ご注意ください
1. 新しい星
青子は、生後2ヶ月になるあずさを亡くしました。
妊娠中、胎児が育ちにくく、母子ともに助かるように、と早めに帝王切開で生まれてきた子供は保育機の中ですくすく育ち、授乳の練習を始めた矢先の突然死。
心にぽっかり穴。
体質的に子供が育ちにくいのだ、とわかり、もう二度と悲しい思いをしたくない青子は二人目を考えられませんでしたが、どうしても子供が欲しい夫との心のズレは開いていき、結局離婚に至りました。
実家に帰ったら、母からは子供にこだわらない男性を探して結婚しろと圧力をかけられます。
お母さんは、娘が結婚することで、自分が安心したかったんでしょうね。
傷心の青子に、大学の合気道部の友人の茅乃から旅行のお誘いが。
彼女が会って話したかったことは、自身の癌の手術のことでした。
病気になっても、我が子が亡くなっても、離婚しても…生活は続いていく、静かに受け入れて二人は温泉のお湯に浸かって遠くの海を見ていました…
2. 海のかけら
玄也は、劣等感に苛まれて仕事をやめてから、近所の人の目に自分がどう映るかが怖くて実家の子供部屋から出られなくなっていました。
そんな時に、昔の合気道部の仲間からのお誘い。
外に出るのが怖い…他人から「今何してる?」と聞かれるのが辛い。
でも、昔の合気道部仲間から、茅乃を応援する飲み会をしようと誘われ、勇気を出して1年半ぶりの外出。
道着を持って道場に行きました。
昔の仲間だから、現状を伝えることができて、すこし荷物が軽くなった気がした玄也。
道場の水槽にタコが3匹いて、一番小さいタコは他の2匹にいじめられているから引き取って欲しいと言われ、家で飼うことに。
玄也も、会社でのことは、自分ができないのではなく、新しく異動してきた上司のいじめだったんだ、と気づきます。
玄也の家に来たタコは、子供の頃玄也が集めていたシーグラス(海のかけら)を器用に並べて遊んでいました^^
3.《蝶々ふわり》
4. 温まるロボット
合気道部の元主将の卓馬は、夫婦の夜の生活ができなくなってしまいました。
二人目の子供が欲しい奥さんとは少しギクシャクして、家に帰ってこない、でも別れるというほど憎み合ってもいず…
そんな話をリモートで夜中に話し合える元合気道部の同期。
男女の隔てなくフランクに話し合える仲間…なんだか少し羨ましい^^
青子たちのアドバイスでハーブティーやお灸を試しているうちに、電池切れのロボットみたいだった自分の体に温かい血がめぐり始めるのを実感し始めた卓馬。
いつか奥さんが帰ってきますように^^
5. サタデー・ドライブ
玄也の家に保護犬としてポメラニアンのつむぎがやってきました。
玄也が公園で散歩させていると、見覚えのある男性がベンチにいるのに気づきました。
役所のマイナンバーカード申請でお世話になった佐々。年は同じぐらい。
犬が好きで、爬虫類も好き。
部署が忙しくて温度管理ができずトカゲを死なせてしまったらしい。
育てきれない、と全部手放したら、「小学生の趣味卒業か、これでおまえも結婚できるな」というハラスメント発言を投下されたと言います。
どこか、自分と似たような境遇の佐々に、玄也から誘いをかけて…新しい人間関係が展開しそうな予感に、くすぐったいような嬉しさを感じた玄也。
人との関わりを避けて、部屋に閉じこもっていた玄也が…とわたしも 明るい兆しに嬉しくなりました^^
6.《月がふたつ》
7.《ひとやすみ》
8. ぼくの銀河
ゲンゲン、こと安堂玄也は、水槽のメンテナンスをする技師の送迎車の運転手をしていました。
あら、いつの間にか、家から出るだけでなく、社会にも出てたのね、と気づきました。
自宅の子供部屋から出て、みんなと会って週一合気道をするようになって、がんの友達を見送った晩に残された3人で泊まりにいって…
少しずつ、社会との接点を広げてきた玄也。
茅乃納骨の日に、急遽仕事が入っていけなくなったので、一人でお墓参りに行くと…制服姿の茅乃の娘の菜緒がいました。
彼女に母・茅乃の思いは、伝わっていなくて、母に嫌われていると思い込んでいました。
玄也は、生前、茅乃が菜緒のこと褒めていた、誇りに思っていた、あなたが悪いんじゃない、と諭して元気づけます。
学校でも家でも、大人になってからでも、なにか困ったとか、手を貸してほしいことがあったら言ってください。どうしたら菜緒さんが楽になるだろう、って一緒に考えます。
「新しい星」227ページより引用
菜緒は、「あなたは生涯を通じて、決して一人にはならない」って何度も母が言っていた、と。
母が言ったことを本当にしてくれてありがとう、と玄也に感謝して…
墓参のことを、仲間に伝えようとした時、卓馬から他愛ないメッセージ、それに軽くスタンプで応える青子…
何気ない日常のやりとりがなんて温かくて得難いことなんだろう、と改めて気付かされました。
玄也の成長が胸熱 for me
玄也には、気のおけない仲間がいる、そして 彼自身、公園で出会った佐々さんや、水槽のメンテをする関さん、茅乃の娘の菜緒に、いつの間にか積極的に声をかけられるようになっていました。
茅乃を元気づける飲み会に誘われて、ドキドキしながら1年半振りに外出したことで、少しずつ突破口を開いていった感じです。
彼の小さな勇気が、どんどんいいい方向に転がって雪だるま式に膨れ上がってきた感じ。
現実は、もっと厳しいのでしょうけど、こんな風になったらいいなぁと思いました。
読む人によって、誰に共感するかは違うのかも知れませんが、ワタクシは、特に玄也の頑張りにエールを送りたくなりました。
それぞれに悩みはありますが、みんな悩みを持ちながらも生きている。
そんな命の賛歌のようにも思える短編集でした。