朝日新聞の「売れてる本」欄で紹介されてました
「売れてる本」というだけあって、発行から1年経つ(2018年12月20日初版)のに、まだ図書館で500人以上の方が貸し出しを待ってらっしゃいます。
恋愛が描かれるのは若者中心の事が多いですが、中年の、不倫ではない純粋でほのかな恋心を描いた小説は珍しいですね。
そういう部分が共感を呼んでいるのでしょうか?
朝倉かすみさんと言えば、
お名前を聞いてすぐにピンと来なかったんですが、「田村はまだか」の著者ですね。
「田村はまだか」は、吉川英治文学新人賞を受賞しています。
あれも…中年の男女が久しぶりにクラス会で集まって、まだ来ぬ田村を待ちながら、過去を邂逅し、思い出話を語るうちに 最後まで登場しない「田村」という男の人物像が浮かび上がってくる、という手法の小説でとてもおもしろかったです!
「平場の月」も中年の男女の日常を交えつつ、中年だからこその心情が切なくなる小説でした。
主人公・青砥は50歳。中学時代の同級生の須藤と再会して…。
二人のじれったいような関係性に煽られる
冒頭、「ハコ(須藤の愛称)が亡くなったんだって」、という同級生の台詞で 登場人物の一人が亡くなったことがわかります。
花屋に走ったのも プレゼントではなく供花を買うため。
そしてそこから 2人の再開からが語られていきます。
病院に検査に行った青砥と、病院の売店で働く青砥の中学時代の同級生・須藤。
再会が病院ていうのも、そろそろ健康に自信がなくなってくるお年頃、という象徴なのかもしれません。
久しぶりに…30年以上経ってから再会してみると、青砥は離婚、須藤は夫と死別で どちらも一人暮らしでした。
「時々会って他愛もない話をして景気づけをする会」を結成した2人は
時々会って 他愛もない話をしようと焼き鳥屋に行くと満席で、須藤が家飲みを提案。
「おれは付き合ってもない女とサシで家飲みするおれを見たくないんだ」という青砥に、須藤は、
「わたしはあんまりお金がないんだ。月に何度も外食するのは厳しいんだよ。」
恥じるでもなく、開き直るでもなく、自然体の須藤は、中学時代から「肝っ玉かあさん」みたい、と言われている「太さ」がありました。動じない、というか 達観している強さのような。
食材を買っては、須藤の家で一緒に食べ、飲む機会が増えていくけれど、ほとばしり出るような愛は描かれていないのです。
2人ですごす時間の長さが 須藤への思いを募らせていく…じわりじわりと来ます。
サバサバして媚びるところのない須藤は、捕まえようとしたらスルリと抜けていきそうな不確かさで 青砥の心を捉えたのかも知れません。
病院で検査を受けた青砥同様、須藤も検査を
青砥の検査結果は異常がなかったものの、須藤が大腸がん検査で手術をすることに。
病気の話を聞いた時に、親友でもなく 恋人同士でもない自分たちの関係は、なんと名付けたらいいのか? 関係をうやむやにしているうちに 須藤を大事に思う気持ちがどんどん膨れ上がって行くのでした。
術後のお見舞いに、三日月の形のプチダイヤの付いたネックレスを、差し入れの漫画と一緒にプレゼント。
小さなネックレスに あふれる青砥の思い。須藤は幸せものだわ。
掛け布団から、須藤の腕を出して、手を握った… まるでウブな少年のように^^
心のなかで「おれがいる」とつぶやいて、握った手に力を込めると 須藤も握り返してきた、ただそれだけなのに なんだかキュンと…初恋のような甘酸っぱさが漂ってます^^
抗がん剤の副作用がひどく、一人暮らしもままならない須藤に「みっちゃん家(妹の家)に行ったほうがいいよ」とさとし、「それとも おれんとこ来るか?」と大きな賭けに出た青砥でしたが…
あっさりと よろしくおねがいします、と言って 須藤が青砥の家に転がり込んできました。
男っぽいけど、お母さんみたいにやさしい
須藤は、お正月に親戚の人たちに、そう青砥を説明して、姪っ子に「交際は順調です」と言わしめたのです。
青砥も須藤も互いを呼び捨てにして、話しことばもぶっきらぼうで、しっとりとした感じがないのには、最初違和感がありましたが、サバサバしていて 2人の関係が進展しないように見えて 深いところで根を張っていたんですね。
(青砥さんは)お姉ちゃんの初恋の君、なんですってね、と言う妹のみっちゃんは、「おねえちゃんをどうか」と頭を下げて…
家族や親戚公認の彼氏、になれてよかった、と読んでいてホッとしました。
あまりにも進まない関係にジリジリしてたので^^;
形にならないものが 形になってきたのでした。
それ言っちゃあかんやつ
好きな相手には、思いの丈を示したい、わかりやすいのがプレゼントです。
青砥は、誕生日にもうひとつネックレスをプレゼントしたいと申し出るも、1つだから価値がある、要らない、と言われてしまいます。じゃあ指輪は? と言った後に
「一緒にならないか?」とそれまえずっと 心の奥深くにある気持ちに気づきながらも、封印してたその一言を発してしまいました。
結果、須藤の表情は一変、「それ言っちゃあかんやつ」「もう会わない」とまで。
1年経ったら温泉に行こう、という約束だけは 反故にならずにすみました。
青砥は 「1年」を一日千秋の思いで待つのだと思うと気が遠くなったでしょうね…
中学時代から太い奴=根性の座った奴と 青砥が思っていた須藤はやはり手強かった
今まで日に何度と無くメッセージを交わしていたLINEにも既読がつかず、携帯電話も着信拒否、徹底して青砥を拒絶する須藤。
会わない間に力尽きてしまった須藤。
妹のみっちゃんが 具合が悪くなった時に「青砥さんを呼ぼうか?」と聞いたら「あわせる顔がないんだよ」と言ったそうです。
どこまでも他人のように一線を引くひとなんですね、須藤さん。
誰かに甘え、気持ちを受ける、という事を潔しとしなかった、ちょっとかわいそうな人。
もっとざっくばらんに生きていたら、楽なのに。
青砥の気持ちを受け止めて上げてほしかった。
せっかく 心を通わせる相手が見つかったのに、突如訃報にふれた青砥の心を思うと切ないです。
年をとったら、毎日を大切に生きないとな、と思いました。
最後の5ページで号泣、という方もいらっしゃいますが、とくに泣けず。
確かに平場。
日常の断片として ユニクロやケンタッキー・フライド・チキンや、氷結ストロングなどが登場して 会話にリアリティをもたせています。
状況説明があまりにも平易で、小学生の日記みたいになってる箇所が多々あり少し気になりました。
文字数稼ぎ?とw
平場の月、月とは?
青砥が同僚送別会の帰りに 須藤のアパートの前の道を通って、ふと振り返ると須藤が顔を出し ぽっかり浮かぶ月を眺めていました。
須藤の顔は その夜の月にもにて清い光を放っていたように青砥には感じられたのでした。
平凡に市井に生きて 病んで 亡くなって。
取り立てて華やかな何かがあるわけでもなくても 「ちょうどよくしあわせなんだ」(第二章のタイトル)と思えたら…いいですね。