本屋大賞2024、『成瀬は天下を取りにいく』、『水車小屋のネネ』に次ぐ、3位に入選したのが、
塩田武士さんの『存在のすべてを』でした。
本屋大賞候補作、直木賞候補受賞作を中心に読みたい、と思っているので、
図書館に予約していました。
塩田武士さんの作品は4冊目です。
もと、新聞記者という経歴を生かして、主人公は門田(もんでん)という新聞記者の目線で事件を追って行きます。
目次:
Amazon★ 4.4 ★5= 65% 2023年9月7日発売
平成3年に発生した誘拐事件から30年。当時警察担当だった新聞記者の門田は、旧知の刑事の死をきっかけに被害男児の「今」を知る。異様な展開を辿った事件の真実を求め再取材を重ねた結果、ある写実画家の存在が浮かび上がる――。質感なき時代に「実」を見つめる、著者渾身、圧巻の最新作。
引用元:朝日新聞出版HP
472ページ、本はずっしりと重く、単なるミステリーではなく社会派ミステリー。
長い物語の最後の2ページに、安堵の涙が止まらない。
起点は誘拐、警察、記者、画家…違和感なく繋がっていく構成がスゴイ
序章ー誘拐—
第一章—暴露ー
第二章ー接点ー
第三章—目的—
第四章ー追跡ー
第五章ー交点ー
第六章ー住処ー
第七章ー画壇ー
第八章ー逃亡ー
第九章ー空白ー
終章—再会—
犯人の畳み掛ける要求に翻弄される家族
序章の誘拐は前代未聞の、「二児同時誘拐」。
一方の中学生はすぐに解放され、もう一方の4歳の男の子は予想だにしない展開に。
4歳の男の子・亮の母親はネグレクトで息子が誘拐された、と告げられてもそのうち帰ってくるでしょ、と気にもとめない。
亮の祖父、木島茂は事業で成功している資産家で、すぐに孫のために、と動きました。
警察が張り込み、逆探知器を設置するさまがリアルに描かれ、犯人とのやりとりに緊迫感が高まり手に汗握ります。
もう、物語にぐいぐい引き込まれました。
祖父は現金1億円を2つのスーツケースに分けて持ち、犯人の指示に従い、喫茶店、ビデオショップ、家具店、そして港の見える丘公園へと歩かされます。
変装した刑事たちが見守る中、現金は犯人が指定した展望台に置いて帰りましたが…
ボストンバッグを取りに来た、と思った男はただの通行人で、バッグは警察へ落とし物として届けられたのでした。
まさかの誘拐失敗、そして子どもは…
誘拐された男の子の命は大丈夫なのか、それから犯人からの連絡はぷっつりと途絶えたまま3年が経過。
7歳になった亮が祖父母宅に戻ってきました…
えぇ〜〜〜、今までどうやって過ごしてきたの? 誰が面倒を見てくれたの?
どうしてそんな繊細な絵が描ける子に育ったの??
…と疑問符が飛びまくります。
祖父母も亮も口を閉ざしたまま、静かに生きるはずだったのに、
高校卒業後、15年前の誘拐事件の被害者、として写真週刊誌に顔を晒されてしまいます。
事件当時、駆け出しの記者として事件を追っていた門田次郎は、中途半端に終わってしまった事件の真実を探ろうと動きました。
今までの実際の誘拐事件で3年もの時を経過してから誘拐された子が家族の元へ帰ってきた例はあったでしょうか?
⚠️ここから先、ネタバレあります、ご注意ください
中学時代からのワル仲間が、また事件を起こした。
仲間の一人、野本雅彦は、少しの間子どもを預かってくれ、と弟の貴彦と妻の優美のもとに亮を連れて行ったのでした。
痩せて、冬だというのに薄いシャツと半ズボン姿の男の子。
大切に育てられてこなかったのがわかり、貴彦夫婦は子どもが居なかったこともあり、大切に育てます。
亮が、少しずつ心を開いていくプロセスを読むのは心温まりました。
貴彦から細密画の描き方の手ほどきを受ける亮は、砂漠に水が染み込むよう吸収し、うまく絵を描けるようになっていきました。
絵描きの世界も厳しいものだった…
画家というのは、一度名声を手にすればサインが入っているだけで高額で取引されますが、そこへたどり着くには、無給で描き続けなければなりません。
画材や、ロケにお金もかかります。
この度知ったのが、個展を開くにも、美大・芸大の先生や、画商・画廊の力、取り分が多く、画家には2割しか入ってこない、ということ。
「政治力」と「資金」が物を言う世界のようです。
芸術(音楽・バレエなど)の世界は多分にその要素が強いです。
野本貴彦は、力と金、そのどちらも持ち合わせておらず、画家として生きるには、レールの上を進むしかないことに行き詰まりを感じていました。
この国で画家として生きるということはそういうことなのですね。
野本夫妻の逃避行
日本中を騒がせた誘拐事件の当事者の男の子を預かっている、と言うことは誰にも知られてはならない。
東京を離れて、滋賀、北海道…と身元がバレそうになると支援者を頼って引っ越していく野本貴彦と優美。
その土地土地で見た風景を描いた画が、後に謎解きの鍵となっていくのでした。
別れの時
病気になっても健康保険証がない亮を病院につれていくこともできない。
共に過ごして情が移っている亮とは別れがたいけれど
亮は7歳になったら、小学校に通わなくてはいけません。
亮は絶対に帰りたくない!と泣いたけれど、泣きたいのは優美も同じでした。
断腸の思いで掌中の珠を手放すことにした野本夫妻。
亮の乳歯が生え変わる度にに、いつか大事な人に知ってもらいたい、と取っておいた乳歯。
貴彦が乳歯入れをつくり、いつ抜けたかも書いて箱にいれて持たせました。
祖父母は、抜けた乳歯を持たせてくれたことで、我が娘よりも、大切に亮を育ててくれた誰かに思いを馳せたのでした。
貴彦仕込みの写実絵画
4歳までは母一人、子一人の母子家庭でネグレクトで育ち
4歳から7歳まで、誘拐犯の弟夫妻に愛情を持って育てられ
7歳から高校卒業まで、実の祖父母の元で暮らした亮。
幼少期のたった3年間でしたが、その間に写実画の基礎を学び、高校卒業後はすっかり数少ない写実画家として生きていました。
亮の生い立ちを考えると気の毒で、これからは幸せになってほしい、と願わずにはいられませんでした。
主人公の新聞記者門田は、亮を追って、滋賀、北海道・伊達紋別…と足を
運びました。
そこには、銀座の画廊で見た写実画と同じ風景が広がっていたのです。
見事に登場人物が繋がっていく構成、お見事!
新聞記者としての門田に、先輩記者の藤島は、何を伝えたいのか?と問われ、記者としての自分の生き方を考えます。
また、同じ事件を追う身ながら、警察官だった中澤と個人的な付き合いがあり、彼の死をきっかけにまた誘拐事件の真相を追求することに。
門田は、画廊や画商、美術館長、野本に惚れ込んだスポンサーなどを当たり真相に迫っていくのでした。
多角的に真相に迫り、それぞれの人物も描きこみがしっかりしていて読まされました。
血の繋がった母より、離れがたかった、たった3年だけれど濃い3年、大切に育ててくれた「母」が亮の傍で見守っているのを読んで、
安堵の涙。
いや〜読まされました、先が気になって、後半一気読みでした。