昨年10月、好書好日というサイトの文芸欄で紹介されていた本です。
⚠️ネタバレあります、未読の方はご注意ください
Amazon★4.1 5=54% 2023年9月15日発売
世間を震撼させた白昼のテロ事件から17年。
名を変え他人になりすまし、
"無実"の彼女はなぜ逃げ続けたのか?1995年3月某日。渋谷駅で毒ガス散布事件が発生。実行犯として指名手配されたのは宗教団体「光の心教団」の幹部男性と、何も知らずに同行させられた23歳の信者岡本啓美(おかもとひろみ)。この日から、無実の啓美の長い逃亡劇が始まった。他人を演じ続けて17年、流れついた地で彼女が見つけた本当の"罪"とはいったい何だったのか――。
引用元:毎日新聞出版HP
地下鉄サリン事件を思わせる序盤ですが…
主人公の岡本啓美(おかもとひろみ)は、バレエ教室を営む母に厳しく指導され、バレエ留学を目指していました…
叱責、体重管理…息苦しい子供時代でした。
叔母に誘われて行った「心の光教団」。
啓美は、日々の苦しさから逃れたくて高校卒業後すぐにバレエと母を捨てて「心の光教団」に入信し、出家しました。
物語は、プロローグと7つの章からなります
プロローグ
第一章 半醒
第二章 母と娘
第三章 鬼神町
第四章 カラスウリ
第五章 悔恨の記
第六章 産声
最終章 罪の名前
プロローグ
渋谷駅毒ガス散布事件 殺人罪等で特別指名手配中の岡本啓美 40歳 女の、17年にわたる逃亡が終わった。(P6より)
啓美の17年間の逃亡生活が終わりを告げたところから始まります(プロローグ)。
警察に囲まれて、岡本啓美さんですね?の問に「はい」と答えて、自分は啓美なんだ、と改めて思うのでした。
17年もの間、鈴木真琴として、山口りりとして、岡本啓美を捨てて生きていたので。
毒ガス散布事件の実行犯としての啓美
1995年の3月の毒ガス散布事件、と言えば、地下鉄サリン事件。
この物語の第一章は、地下鉄サリン事件を題材にしています。
教団の施設から貴島という幹部と共に東京に向かった啓美。
ただ黙々と歩き、電車に乗り、また歩き…いつの間にか貴島の持っていたリュックがなくなっていて、町では救急車の音がうるさいほど鳴り響いていました。
貴島は何をしたのか? 怯える貴島は教団から持ち出した大金を持っていました。
啓美は、実行犯の貴島と歩いていただけで、事件に関与はしていなかったものの、
逃げなければ…!と逃走を決意。
札束2束をもらって、啓美が向かった先は、新潟に住む父の家。
父は、母と離婚して新しい家庭を築いていました。
第二章は、父の家で暮らす義母、義理の妹と啓美は仲間になる
幼い頃からバレエのために、母親から厳しく食事制限され、叱咤激励で精神的に追い詰められていた啓美。
父は、母が支配する家庭に耐えられず離婚を申し出て、去っていきました。
母から父を奪った後妻のみどりさんもまた、実母から抑圧されて育ったと知り、義理の妹・すみれは、父に内緒でバレエを習っていることから、啓美は仲間意識が芽生えました。
父はすみれにDVを働いていました。
「そちらに岡本啓美さんはいますか?」という謎の電話がかかってきたことで、これ以上父の家に長居はできない、と家を出る決意をします。
「家を出る前に私に暴力を働く父を見て欲しい」、とすみれに言われ、隠れて見ているうちに耐えきれず、飛び出してすみれをかばってしまう啓美。
父は動揺し、暴れ、叫び、近所の人が呼んだ警察に連行されていきました…
第三章 別人として生きる第一歩
家を出たものの行く当てのない啓美に女性が声を掛けてきました。
フリーの記者の鈴木琴美。
埼玉県の鬼神町でスナックを営む祖母・梅乃の元で、鈴木真琴になりすまして、祖母を助けてほしい、と言います。
自分は、フリーの記者の鈴木まこと、として東京で生きる、というのです。
願ったりかなったり、啓美は琴美として、梅乃の孫として普通に生活を送っていました。
ぽっちゃりの手配写真とは全然違う、バレエをしていた頃のほっそりした身体を取り戻した啓美は誰にも怪しまれずに生活を送っているのでした。
そして、中国人労働者のワンウェイ(残留孤児の子供)といい仲になったりもして…7年が過ぎていきます…
一方のまこと(本物の鈴木真琴)は、実行犯の貴島を匿っていて、手記を書かせて出版することを目論んでいました。
第四章 啓美を守ってくれた梅乃が亡くなった
カラスウリの種を床下に隠しておくと 金持ちになれると言う言い伝えがあるんだよ、と梅乃がいいます。
床下を開けると、床下のバケツの中に広辞苑の外箱があり、札束が入っていました。
啓美は札束を自分のボストンバッグの底にしまいました。
梅乃が亡くなりました。
鈴木真琴としてずっとここにいられるのか、…と心細く思っていると
本物の鈴木真琴が、
「いまここから出たって、また新しい人間にならなきゃいけないでしょうよ。いったい誰になろうっていうわけ。手配写真を隠して、自分のことすっかり忘れちゃったんじゃないの」P224 より
第五章 悔恨の記
啓美を守ってくれる梅乃が亡くなってから2年半、まだ鬼神町にすんでいました。
中国人技能実習生がいなくなったという噂に、肉体関係をもったワンウェイかもしれない、と少しさびしい啓美
忌まわしい毒ガス散布事件から9年半、教団の現師が亡くなりました。
貴島より前に、元信者が告白本を出しました、その巻末の退団相手が…
あの事件があった夜、啓美や貴島と一夜を隠れてすごした小山絵美でした。
彼女は 渋谷の事件は貴島と岡本啓美の二人の犯行、と警察に出頭して証言していました。
フリーライターのまことは貴島の告白本の先を越されたことに苛ついていました。
貴島の原稿は書き上がっているといいます でも…
貴島は死んでる…まことの部屋で貴島が自殺した、のだそうです。
まことから遺体処理を手伝って欲しいと頼まれて、名前を借りている以上断れず…
30ページ近くを割いて、遺体解体と梅乃のスナックの床下に埋める箇所が
リアルでグロで読むのが辛かったです・・・
父の後妻のみどりの離婚が成立したという連絡をうけました。
みどりの父の後妻と息子が家の権利を主張したため行き場がなくなった彼女を
鬼神町に呼びました。
ライターのまことがワンウェイが東京にいる、と告げました。
技能実習生を手引している組織がある、と。
第六章 産声 逃亡中に妊娠??
ワンウェイがいると思しき、池袋の中華料理店で消息を聞いてみるとメモを渡されました。
「2・9 #3」 日付だとすれば旧暦の正月 2月9日だ #3は 3階、ということか、と
2月9日に訪ねていくと
旧正月のパーティが湖南楼の3階で開かれていました。
主催者は湖南楼の女主人・美安(メイアン)、ワンウェイの母で、技術実習生を逃す仕事が裏の仕事でした。
ワンウェイは、山口一の戸籍をもらい、40歳 本籍は東京、パスポートは戸籍の売買をしているマーマ(母)がくれた、といいました。
本当の自分でない 鈴木真琴と山口一は、釧路にとある男を迎えにいきます。
が、男は強盗犯、ナイフから指紋が出たことで、戸籍の売買は難しくなりました。
男=犯罪者を逃がして匿っていることになるから始末すると言ったまま、ワンウェイは二度と帰って来ませんでした。
4月になり、妊娠に気づき、おばあさんが一人でやっている訳ありがこっそり来るような産院であかちゃんを産んだ啓美。
戸籍がないため、産んですぐに本物の鈴木真琴に赤ちゃんを託して、本物の真琴の元を去ったのでした。
最終章 罪の名前
2011年秋、貴島と岡本の懸賞金 600万円になりました。
要町のまことの部屋から出て6年が経っていました。
東京のはずれの国道で 前を行く男がフラフラと歩いていました。
絶望して今にも車に飛び込みそうな男を説得。
別人になりたい、という男に、ワンウェイが使っていた「山口一」の名前を与え、啓美は「妻・りり」と名乗りました。
工場街のはずれにある資材倉庫の2階で慎ましく暮らし、
啓美も介護の仕事で働き始め落ち着いた日々でした。
一が町田で暮らしていた頃の同僚・しんじと飲んで帰ったジョー(山口一)が、おまえ、追われてんじゃないの?と的を射たことを言ってきます。
岡本啓美だろ?と。
おれはお前を売ったりしない仮初の夫が言うのでした。
啓美の心の中にずっと生き続けていたワンウェイ。
山口一の中にワンウェイを探していたりしたけれど、もう終わりにしよう、
逃げるんだ、
啓美は家を出、宅急便の封筒に梅乃の家の床下から持ち出したお金を入れて「本」として送り返しました。
「どこまでも流れていけばいい、逃げていたわけじゃない、見つからなかっただけ。」(P390より)
私の罪は 子供を産んだこと
生まれた子に名を与えなかったこと、
忘れられぬ男に出会ったこと。(P404 より)
えっ?? それは罪じゃない、でしょ。
一番重い罪は…貴島の遺体損壊、死体遺棄。
他にも他人になりすまして利益を享受したり、ワンウェイの犯罪の片棒かついだりしてますけど??
なんだかスッキリせず。
最初の部分が地下鉄サリン事件を思わせる内容でしたが、事件が起きるところまでで、
逃走中の生活は、なんだか身元がバレそうになる度にこちらもドキドキしながら読んでました。
逃亡は細心の注意と忍耐力が必要です。
それに、他人になりすませることができる「チャンス」と巡り会えるのかもポイント。
他人になりすまして生きる女性の波乱万丈の人生は読まされました・
この本は。
サンデー毎日2022年5月1日号〜2023年8月6日号連載のものを加筆修正して出版されています。
名前を変える度に、新たなストーリーのヒロインになる啓美ということでしょうか。
幼い頃、母から受けたバレエの『エスメラルダ』のトラウマが啓美を苛み続けていました。
母の呪縛は、18歳で実家から離れても遠隔操作のように、心の奥底に潜んでいるようです。
自分が子供を産み、母となってようやくその呪縛から解放されたことを体験するのでした。
それなのに、私の罪は子供を産んだこと、とは。
実の父親も母親も育ててあげることができなくても、
愛情をもって育ててくれる人がいれば、子供は幸せなはず…
実際はこんなにうまく行くはずがないような?
年格好が同じような女性から、自分の身代わりになって生きてくれ、と言われる確率は…小数点以下・・・・何桁?
次にたまたま道で通りすがった男性と同棲できる確率もこれまた低い。
ご都合主義を感じつつも、著者の筆力で最後まで一気に読まされました。
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