普段、芥川賞受賞作・ノミネート作は読む機会が少ないです。
新進作家による純文学の中・短編作品であることと、
文芸誌や同人誌に掲載された作品から候補作が選出されるため、馴染がないこともあり、
たいていが、受賞されてから気がつく、という状態です。
今回たまたま第171回の候補作の紹介文を読んで、面白そう、読んでみたい、と思ったのが『バリ山行』でした。
目次:
第171回芥川賞の候補作は
朝比奈秋著「サンショウウオの四十九日」
尾崎世界観著「転の声」
坂崎かおる著「海岸通り」
向坂くじら著「いなくなくならなくならないで」
松永K三蔵著「バリ山行」
※赤い文字は芥川賞受賞作
『バリ山行』、バリの意味も知らずに読み始めました
Amazon★4.2 ★5=52% 2024年7月29日
受賞作の「バリ山行」は、勤め先が経営難に陥り、人員整理への不安を募らせる会社員の男性が主人公です。
ある日、仕事へのこだわりが強すぎてリストラ候補とささやかれる先輩社員について、道なき道を突き進む登山に挑みます。
職を失うかも知れない不安を抱えながら、決死の思いで険しい谷を越える体験を通して、みずからの生き方を問い直す心の動きが、臨場感あふれる描写で書かれています。引用元:NHKニュース 2024年7月17日
『バリ山行』とタイトルを聞いて、バリ(インドネシア)の山に登るお話かと思っていたのですが…
バリ山行の「バリ」とはバリエーションの略で
規定の登山道を登るのではなく、道なき道や廃道など、自分で地図を見ながら登ることを言うそうです。
命の危険と隣合わせのスリリングな登山は、批判もありますが
誰も見たことがない風景を独り占めしたり、大自然を肌で感じる快感を味わうと、ハマるのはわかるような気がします。
自分のへの挑戦、自然への挑戦、ですね。
バリ山行の山が神戸の六甲山で…読んでいて楽しい
山行は、日本アルプスのような高い山ではなく、神戸市の北側に鎮座する阪急電車の車窓からよく見えるおなじみの六甲山へ。
六甲山は、1874年にイギリス人外交官アーネスト・サトウ(父親が日本人)らが日本で初めて近代登山を行った「近代登山発祥の山」です。
標高931mは、山としては高くないけれど、市街地に隣接していているのでドライブウェイは急勾配でヘアピンカーブあり、耳がツンと痛くなるほどです。
昨日(2024年12月14日)は、一部斜面の植物が雪化粧したそうです。
その分、山頂から見下ろす神戸の街は絶景だし、夜は百万ドルの夜景を楽しめるところ…つまり観光地でもあります。
その低山・六甲山でバリ山行をする様子が描かれています。
山行の様子は臨場感たっぷりで落ち葉を踏みしめる音、梢の葉擦れの音、せせらぎの水音、木陰のひんやり感という自然をリアルに感じることができます。
自分の呼吸音や心臓の音なども感じる主人公と自分を重ね合わせると、緊張感で手に汗握ります。
もう一気読み!
山登りを趣味にされている方のブックレビューを読むと、当たり前のこと過ぎてつまらない、という感想が散見されましたが、
登山が趣味の方から見たら当たり前のことでも、
体験したことのない読者には刺激的で、バリ山行を脳内再現するのが容易いです。
軽やかな筆致で、私は読むのが楽しかったです!
主人公の波多をバリ山行に連れて行ってくれたのは、社内でも浮いている存在の妻鹿(めが)でした。
一度、社内の登山サークルで一緒に登って、妻鹿がバリ登山をしていると知ります。
営業部にいながら、風采の上がらない垢抜けない人物で、一匹狼の妻鹿。
本人も一人が好きな様子で、周りも遠巻きに眺めている状態です。
そんな妻鹿に、バリ山行に連れて行ってほしい、と波多は頼み込んだのでした。
バリ山行では、経験者の妻鹿は波多の予想の上を行く道筋を選んで進んでいきます。
藪の枝を払いながら、ただ妻鹿の歩いた道筋を辿って進む、
崖に阻まれれば、高低差があってもロープで懸垂降下も辞さない。
そんな時、波多は脆くなった花崗岩にピッケルを打ち付けてしまい、砕けた花崗岩もろともに滑落…
もう一つの読みどころ、主人公と先輩社員・妻鹿、会社の迷走
主人公は、転職を2回経験しています。
豪胆な常務のはからいで、1発OKで入社が決まった今の会社も、社長の方針転換で業績がはかばかしくなく、リストラされるのではないか、との怯えがありました。
一方、妻鹿は、今の会社の方針を受け入れず、顧客のために単独行動に出て…
会社上層部が理不尽な要求を社員に押し付けたり、社長の一存で今まで積みあげてきた実績もふいにし、社内に不安と不満が充満していました。
やはり一匹狼の妻鹿はどこ吹く風。
自分のやり方を、信じたことを頑なにやり通していました。
社内がざわついているのに、他人事のような態度で週一山登りをする妻鹿を、途中入社で年齢も下の波多はどこか舐めているところがありました。
妻鹿の技術や知識は本物。
困った時に駆けつけて、各方面にさっと指示を出してくれて…難局をのり切れたのも妻鹿のおかげでした。
だから、素直に、会社を離れたオフの妻鹿のバリ山行を見たくなったのでしょう。
会社はもち直して、ちょっと拍子抜けだけれど
波多は、斜面から滑落してもなんとか帰宅できましたが、帰宅後ひどい熱が出て肺炎とわかり、年末の忙しい時期に長期休暇をとるはめに。
あれほど恐れていたリストラのための面談は流れましたが、いつ退職を言い渡されてもおかしくないと覚悟していたのに、
年末で2名退職していました。
社長のやり方に業を煮やした妻鹿は社長に直訴して 最後は遺留も聞かず自らをクビにして去っていった、と年明けの出社で知ることに。
あれだけ社内が紛糾していたのに、あっさりとみんな元通り…でこんな展開なの?とすこしがっかり ^^;
そうそう、妻鹿がいない。
波多は妻鹿に心を残して
妻鹿に借りたままになっているピックステッキが家にある。
疲れと惨めさから、バリ山行で別れ際に妻鹿がかけてくれた言葉を聞こうとしなかった。
何と言っていたのだろうか、あとになって聞かなかったことを後悔する波多。
妻鹿は登山記録アプリに山行記録を残していたけれど、最近そのアカウントも消したようでした。
会社を辞めてどうしているのだろう?
若い波多ですら転職は厳しいのに、資格も持たない妻鹿は…
週1ペースで六甲山でバリ山行にのめり込む妻鹿を冷ややかに見ていた波多が、
バリの良さがわかった気がして妻鹿に伝えたかったのでしょう、
ピッケルステッキを返すのは口実で。
妻鹿に会いたくて六甲山を一人歩く波多の目に止まったのは…
枝先に巻きつけられた青いチェックのマスキングテープ。
妻鹿が使っていた特徴のあるテープです。
紛れもなく、妻鹿がここを歩いた証拠。
よかった…妻鹿は生きていて、今もなおバリ山行を続けている!
一人でバリ山行をしていると、
山と自分が溶け合うような感覚に陥るそうです。
脳がぼんやりとして、無我の境地になる。
波多はその感覚を掴むことができました、そのことを早く妻鹿に伝えたいでしょうね。
いつか妻鹿に出会えますように、そして思いを伝えられますように!
私も思わず祈ってしまいました。
松永・K・三蔵さん、おすすめの本は…
著者・松永・K・三蔵さんも趣味は山登り。
度々六甲山(登山道で)を登っているそうです。
そんな時にバリ登山を知り、この本を書かれたとか。
著者も主人公と同じく建築関係の会社にお勤めだそうで、それでお仕事の場面の方もリアリティがあったのだ、と納得しました。
ちなみに、おすすめの図書は、新田次郎著『孤高の人』だそうです。
機会があれば読んでみたいです。
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