本作も息をも吐かせぬ展開、誰が正義なのか、オセロのように変わる印象
下村敦さんの著書は、2015年に第60回江戸川乱歩賞を受賞「闇に香る嘘」(2014年8月刊行)を読みました。
主人公は盲目故に、状況を把握できないもどかしさや、忍び寄る恐怖、何を信じたら良いのかわからずすべてに懐疑心を持ってしまう…という 緊張感のあるストーリー展開に引き込まれました。
今回は、「闇に香る嘘」の翌年に書かれた「生還者」(2015年7月刊行)を読みました。
面白かった~!!
さすが下村敦史さん!! 期待を裏切らず。
プロローグから掴まれます!
世界最高峰のエベレスト(8849m)に迫る、世界で3番目に高い山、カンチェンジュンガ(8598m)。
猛吹雪の中を単独登攀していた男は、軽装で登り、遭難しかかっていた男を助けました。
助けられた男はテントで告白します。
ここへ来たのは「復讐を完遂させるため」と。
早朝、男はナップザックを手にとって 生還するため、一人で出発。
下山を始めようとしたとき、雪崩が襲いかかってきました…
プロローグだけでも、緊張感のある雪山の登攀シーンが展開しますが、後半はこんなもんじゃ~ない。
そして、この男たち、一体誰だったのか?と読みながら プロローグの部分を思い返すことになります。
雪山で何が起きたのか? 事件なのか事故なのか?
増田直志の兄の謙一が、カンチェンジュンガで雪崩に巻き込まれて遭難、遺骨と遺品が日本に戻ってきました。
遺品のザイルには、鋭利な刃物で切ったような痕跡。
兄は殺されたのではないか?との疑念を抱き…
ここからは、ジェットコースター!
当日の日本時登山者は7人。6人のグループとソロ(単独)。
うち、4名の遺体が回収され、2人が行方不明。
そんな中、高瀬という男が救助され生還しました。
ワイドショーに出演、登山隊に出会った時は足手まといになる、と一蹴されたが、あとから来た登山隊の加賀谷(行方不明)に助けられた、彼は「登山隊唯一の良心」「山のサムライ」と持ち上げました。
登山隊は、世間からバッシングを受け、直志も兄は悪者だったのか?と悩みます。
そんな折、行方不明だった登山隊の東恭一郎が生還。
高瀬の証言を真っ向から否定。
「高瀬は嘘をついている。加賀谷は皆を見殺しにした卑怯者。」と。
ここから俄然面白くなってきます。
どちらが嘘をついているのか、正義はどこにあるのか?
場面が変わるごとに、登場人物の印象もかわり、オセロのように白だった印象が黒に転じたり、また逆もあり、緊張の中で読み進みました。
疑惑の高瀬は取材拒否、再びカンチェンジュンガに挑戦
この状況から逃げるかのように、高瀬は再びカンチェンジュンに向かいました。
彼を追う、雑誌編集者の八木澤利恵と増田直志もカンチェンジュンガに。
八木澤も直志も登山やアイスクライミングに熟達しており、直志は雪崩学を研究し、富士山麓でビーコン(発信機)の使い方や、雪崩にあったときの心得などを登山者に教えています。
高瀬の迷いのない登攀。
少しでも気を緩めたら、谷底まで落ちて行きそうな緊張感。
猛吹雪でホワイトアウト直前の中を、直志と利恵はザイルで体をつないで登っていくのですが…
足元に違和感を感じた直後、薄氷を踏み抜いた直志はクレバスに…
もう、ドキドキで、気がついたら、正座して読んでましたw
4年前の遭難事故が発端
直志の兄・謙一は、4年前に恋人の美月と白馬岳に登山ツアーに参加したものの、荒天により遭難、恋人を失いました。
当時、ツアー参加者の女性たちが亡くなったのでした。
それ以来、謙一は、自分が生き残ったことに罪悪感を覚えていました。
それなのに、兄の恋人・美月を横恋慕していた直志は激しく兄を責め…
謙一は、生還した人が、亡くなった人がいるのに自分が助かったことに罪悪感を覚える「サバイバーズギルト」に苦しみ、カウンセリングを受けていました。
そこで出会ったのが、この度のカンチェンジュンガ登山隊のメンバーでした。
4年前の事件の片を付けるためのカンチェンジュンガ登山だった
復讐するために登ったカンチェンジュンガ。
それは誰が、誰に復讐するのか、4年前の遭難事件が発端です。
プロローグの「復讐を完遂させるため」、はそういうことだったのか、としんみりします。
伏線回収の後のハッピーエンド♪
ラスト、伏線を回収して、そいういうことだったのか、と腑に落ちる気持ちよさ。
さらに、まさかの!! ハッピーエンド!
良かった…お幸せに、と心から…フィクションの登場人物なのに思ってしまいました。
生還した者の苦しみ
「サバイバーズギルト」と言う言葉があるのを初めて知りました。
災害や事故などで自分が生き残った場合の罪悪感はあるとは思っていたけれど。
さっきまで息をしていた家族や仲間を目の前で失う哀しみは如何ばかりかとお察しします。
大震災などでも、何故助けられなかったのか、と自分を責めたりもされるそうで、心が痛みます。
生還できた喜びよりも、何故生き残ってしまったのか、と自分を責める気持ちのほうが大きいだなんて、気の毒すぎます。
本著の最後にも出てきますが、生き残った人間は、亡くなった人の分まで精一杯生きる。
それがせめてもの供養になるのだと思います。
随分前に、「たった1人の生還〜「たか号」漂流27日間の戦い」を読みました。
外用ヨットレース中にヨット転覆。
1人水死、残る6人が狭いライフラフト(救命筏)の中で膝を抱えて座り、漂流しながら救出を待つ。
食料はなくなり、暑さと飢えで衰弱していく仲間たち。
ひとり、またひとり、と息絶えていく仲間を水葬する。
これは精神的にキツイです、次は自分かも知れない恐怖。
最後の一人になったときの孤独という恐怖。
こちらの本も、読むのに体に力が入ってしまいました。
雪山にしても、海にしても、時に自然の猛威が襲ってきます。
クライミングも遠洋ヨットレースも、自然と闘わなければならない過酷なスポーツですね。
生還の喜び以上に、仲間を失った哀しみは大きいのでしょう。
「たった一人の生還」は、実話だけに、胸を深くえぐられました。
「生還者」の中で、兄の恋人・美月が言います
「生と死の間でこそ命輝く」と。
命をかけて挑むスポーツなんですね。
クライマーを尊敬! そして幸あれ、と成功とご無事を祈ります。
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