直木賞、本屋大賞 ダブル受賞の「渦 妹背山女庭訓(いもせやまおんなていきん)魂結び」を読みました。
何の下調べもせずに読み始めたのですが、読み終わる頃になって 主人公の近松半二が実在の人物であることを知りました。遅っ!
歌舞伎や人形浄瑠璃(文楽)に詳しい方なら、タイトルを聞いただけでピンと来た方もいらっしゃると思いますが、不勉強ゆえ、昔むかし、半二という男がおりまして…という全くのフィクションだと思っていました。
虚実の渦を作り出した、もう一人の近松がいた──
「妹背山婦女庭訓」や「本朝廿四孝」などを生んだ人形浄瑠璃作者、近松半二の生涯を描いた比類なき名作!
江戸時代、芝居小屋が立ち並ぶ大坂・道頓堀。大阪の儒学者・穂積以貫の次男として生まれた成章。末楽しみな賢い子供だったが、浄瑠璃好きの父に手をひかれて、芝居小屋に通い出してから、浄瑠璃の魅力に取り付かれる。近松門左衛門の硯を父からもらって、物書きの道へ進むことに。弟弟子に先を越され、人形遣いからは何度も書き直しをさせられ、それでも書かずにはおられなかった半二。著者の長年のテーマ「物語はどこから生まれてくるのか」が、義太夫の如き「語り」にのって、見事に結晶した長編小説。
筆の先から墨がしたたる。やがて、わしが文字になって溶けていく──
文春BOOKSより引用
傾きかかっていた、人形浄瑠璃の竹本座を「妹背山女庭訓」の人気で立て直し、全盛期を築いた、近松半二。
かの有名な近松門左衛門とは、何の血縁もご縁もないのですが…近松、は、あくまでもペンネームだったからなんですね。
若き半二が京都に旅立つ時に、 父・以貫が渡した かの近松門左衛門から譲り受けたという硯石。この硯が、半二を人形浄瑠璃の立役者へと導いて行ったのですね。
独特の語り口調が読みやすく ホイホイとページを繰らせます
人形浄瑠璃の発祥の地は、大阪・道頓堀。当時は、芝居小屋がたくさんあって ブロードウェイさながら??
人形浄瑠璃も今と違って人気のエンターテイメントだったようですね。豊竹座と竹本座がライバル同士しのぎを削るかたわら、歌舞伎人気が台頭してくる様子が描かれていました。
もう、観てきたかのように 道頓堀の賑わいや、芝居小屋の様子などを活写されていて読まされます。
著者の大島真寿美さんは名古屋がご出身ですが、はんなりした大阪弁、勢いのある大阪弁、うまく書かれていて、独特のリズムのある文章が先へ先へと読まされます。
会話がいきいきしているから、本の中から人物が立ち上がって動き出しそうなリアリティがあって面白いです!
作品の見所
近松半二の生き様、そのものが、まず面白い。
弟弟子の並木正三は、さっさと歌舞伎の世界へと移ってしまい、客の度肝を抜くような仕掛けで人気を博します。そんな正三に羨望や軽い嫉妬なども懐きつつ、生涯の友として 作品を語り合うのでした。
ひとつの浄瑠璃作品が出来上がるまでのプロセスがまた興味深い。
仲間との丁々発止のやりとりで 内容や演目が決まっていくさまも…読まされます。
操り浄瑠璃人気で芝居小屋の熱気が行間から立ちのぼってくるぐらい、勢いがあって…この作品が人気の筈です。
そして 操り浄瑠璃(文楽)人気が、やがて歌舞伎へと移行して、銀主(スポンサー)も離れていったのです。
それでも 半二が立作者(監修)となって紡ぎ出した人気の大作「妹背山女庭訓」は今でも人気で、文楽や歌舞伎でかかる演目のようです。
登場人物の「お三輪」の傍観者としてのモノローグが面白いです。
渦
タイトルの「渦」
「そや、渦や。もうな、この渦んなかにわしは、なんもかんもいれてったろ、て決めたんや。わしのなかにあるもんを残らずな。」
大島真寿美著「渦」より
筆の先から墨がしたたる。やがてわしが文字になって溶けていく。
大島真寿美著「渦」より
当時は、人形浄瑠璃の芝居がすぐに翻案されて、歌舞伎で同じタイトルで上演されたり、またその逆もあり、あの作品のこの部分とこちらの作品のこの部分…と言うふうにいろんな作品を足して 潤色して上演していたようです。
半二は、幼い頃から芝居を観て育ったので、己の中に、たくさんの作品のエキスが詰まっていたんでしょうね。
それを取り出して、作品の中に放り込んで、溶け合って渦をこしらえていったのです。
人形浄瑠璃の衰退
人形に魂を吹き込む、太夫、三味線、人形遣い。
人形があたかも人間の如く見えてきて、人間以上に感情を沸き立たせている様は…きっととてもおもしろいのでしょう。
でも実際は 演目だけでなく、「生きている」歌舞伎俳優に人気が集まり、客足は歌舞伎へと移っていき、人形浄瑠璃は廃れていきました。
江戸後期にまた再興して今につながっています。
ユネスコの世界無形文化遺産にも指定されています。
現代は楽しみ方が昔と違い多様化していますので 客足を戻すのは至難の技ですが、能、歌舞伎とともに日本の古典芸能の一角を担っていますから、伝えていってほしいものです。
今回、大島真寿美さんの本著によって 人形浄瑠璃の一端に触れることができて良かったです。
ちなみに…大島真寿美さん、この本を書くにあたり 現役の豊竹呂太夫さんのお稽古に出られて、人形浄瑠璃の世界に魅せられ、以来お稽古に通っておられるとか…
だからこそ、この作品がイキイキしているのだ、と納得しました。
読み応えのある一冊です、おすすめです!