著者の藤岡陽子さんの経歴は、
大学卒業後、報知新聞社でスポーツ記者をされていましたが、3年半で退職。
その後…タンザニアの大学に留学、スワヒリ語を学び、卒業せずに帰国。
帰国後は、小説を書いて、2001年、2002年、オール讀物新人賞候補に。
結婚、出産を経て、看護専門学校を卒業し、看護師の資格を取得。
2017年現在、京都市内の脳外科に勤務、とWikipediaにあります。
著者の経験が、作品に反映しています。
目次:
現代社会が抱える問題が詰め込まれています
★4.4 ★5=60% 2017年10月26日発売
人の生と死に希望をもたらす感涙医療小説
奈緒(33歳)は、10歳になる涼介を連れて、二度と戻ることはないと思っていた故郷に逃げるように帰ってきた。長年連れ添ってきた夫の裏切りに遭い、行くあてもなく戻った故郷・京都の丹後地方は、過疎化が進みゴーストタウンとなっていた。
結婚式以来顔も見ていなかった父親耕平とは、母親を亡くして以来の確執があり、世話になる一方で素直になれない。そんな折、耕平が交通事故に遭い、地元の海生病院に入院。そこに勤務する医師・三上と出会う。また、偶然倒れていたところを助けることになった同じ集落の早川(72)という老婆とも知り合いとなる。
夫に棄てられワーキングマザーとなった奈緒は、昔免許をとったものの一度も就職したことのなかった看護師として海生病院で働き始め、三上の同僚となる。医療過疎地域で日々地域医療に奮闘する三上。なぜか彼には暗い孤独の影があった。
一方、同じ集落の隣人である早川は、人生をあきらめ、半ば死んだように生きていた。なんとか彼女を元気づけたい、と願う奈緒と涼介。その気持ちから、二人は早川の重大な秘密を知ることとなる。
隠されていた真相とは。そして、その結末は・・・・・・・。
引用元:小学館HP
『満天のゴール』は、僻地医療、ヤングケアラー、児童虐待、高齢独居老人問題…など、現代社会が抱える問題を、
医療に携わっている(いた?)著者だからこそ、描けるテーマだと思いました。
医療の知識もある藤岡陽子さんですが、実際に京都の奥地の医師に取材されたからこそのリアリティのある分厚い内容になっています。
主人公・奈緒の医療不信
父親との確執とは…看護学校の学生だった奈緒は、母が入院先の海生病院に入院した時に担当外の看護師から、手術をしない方がいい、転院すべき…と忠告されました。
奈緒は海生病院での母の手術を全力で反対しましたが、手術は敢行され、2週間後、お母さんは亡くなり、奈緒は父を責めていました。
奈緒は、看護師の資格を取得しましたが、医療には携わらず、逃げるように結婚。
結婚生活も、夫の浮気で破綻寸前、息子の涼介を連れて、夏休みを良いことに実家に戻ったのでした。
そんな折、父・耕平が交通事故に合います。
幸いにも怪我は軽く、ちょうど通りがかった病院の医師、三上が救急車を呼んでくれ、かつて母が手術を受けて亡くなった海生病に入院しました。
前半は、奈緒とモラハラ夫のやり取りにイライラさせられますが…
これは、奈緒が医療過疎地域の実家で暮らし始める、という今後への導線。
生きるために、ペーパーナースとして奮闘する
ベテランの看護部長の木田は、シングルマザーの奈緒を思いやって
「父親と母親の両方の役割しなあかんと思ったら潰れるよ。子どもが小さいうちは。子供の心を育てることが一番大事な仕事やから」(出典:『満天のゴール』P95 )
と理解を示してくれました。
僻地に住む人達に往診をする三上医師に、ペーパーナースながら奈緒がついていくことになりました。
三上は海生病院の医師としてではなく、無医地区の高齢者を孤立させないために、医師がいなくなった診療所の院長代理も務めているといいます。
山奥の通称トクさんのもとへ。
トクさんは、三上からもらう金色の星のシールを集めていました。
1日生きたら星1こ、白い紙にびっちりと星を貼っていくトクさんは、癌があちこちに転移しているけれど、入院はしない、と決めているそう。
かならず訪れる死を静かに受け入れるために
三上医師は、どんな最期を迎えたいかを語り合う集会を開いていると言います。
高齢者の死因は 癌、内臓疾患、認知症や老衰が三大要因だそう。
ご飯が食べられなくなったら、あと1週間ぐらい、それから呼吸が緩やかになる。
最後は喉がゴロゴロ言う…
最期の状態を知っていれば不安は軽減する、と三上。
死=ゴールに置き換えることで三上は気持ちが軽くなったそう。
医師は人の死に立ち会うことが多い職業ですから、死との向き合い方も大事ですね。
身近なものだけで穏やかに迎える最期は、幸福な誕生と同じくらいに大切な時間だから (出典:『満天のゴール』P115 )
医療過疎の地域の独居高齢者が、天然のホスピス(山にある自分の家)の中で穏やかに死を受け入れていく様子が描かれていました。
実家の隣家の早川さんの謎
実家に出戻って来てから、人との接触を断って生きている隣家の早川さん、71歳。
駅や庭で倒れているところを度々奈緒と涼介が発見して助けます…
どうやら、三上は早川さんのことを知っている様子。
早川さん宅に上がらせてもらうと、10歳ぐらいの男の子の古い写真が写真立てにあり…この子は一体…?
早川さんの過去とは??
早川さん、三上医師、二人の過去の関係は終盤に明かされます。
このあたりは、ミステリーの謎解きのようで、どうなのどうなの?と早く知りたい気持ちがページを繰らせます。
高齢者医療と延命問題
92歳の小柄で華奢なおばあさん・斎藤が救急車で運ばれてきました。
肝硬変の持病があり、食道静脈瘤破裂。
担当は三上で、検査をしていなかったことを家族に責められてしまいます。
本当に患者のことを考えたら、体に負担のかかる検査は無理、
92歳の患者に無理やり内視鏡を入れる方が、大静脈瘤破裂を引き起こしかねないのに…。
検査は点数(診療報酬)取れるので、それ要る?という検査をする医療機関もあるようですね。
高齢になってからの手術は危険なので、あえてそのままにしておくことも多いのに…。
満点のゴオル
毎日、生きた証に金色の星型にシールを三上からもらって紙に貼っていたトクさんが逝きました。
訪問看護の小森さんが目を離した隙に呼吸が止まっていて。
トクさんが集めた星はちょうど300個、満点のゴオル(ゴール)とトクさんが鉛筆書きしていた通り、彼はゴールにたどり着いたのです。
本人も周りも覚悟はできていたから、静かに受け入れるシーンが胸に迫りました。
以下、ネタばれあります
奈緒と涼介、早川さんの3人で釣りをしている時に、
早川さんが自分の過去を語りました。
結婚して子どもがいたが、インフルエンザ脳症で亡くしたこと。
会いたい人がいること…。
奈緒の母親の手術はやめるべき、と告げて去った看護師はだれだったのか。
かつて海生病院に勤務していた看護師を調べてみる、と三上が請け合ってくれることに。
院長が早川さんを知っていました、12年前に海生病院を辞めた、早川看護師のことを。
また倒れて入院中の早川さん。
彼女が奈緒に語ってくれたのは…
奈緒の母親が入院した頃は海生病院は非常勤の医師が多く、手術に未熟な医師が執刀することになった、と言います。
院長も利益優先で医師のモラルには鈍感だったため、経験不足の医師が無理に手術を敢行したと思う、と。
早川さんは、男性医師を球団する準備のためカルテをコピーをしていたことを知られ、守秘義務違反で懲戒免職になってしまったのだそう。
その後は、なかば死んだように、何にも希望を抱けずに
早川の古い日記に記された過去に胸が苦しくなる
⚠️ネタバレあります
早川さんが庭で燃やそうとしていた日記。
その中に1冊が焼け残っていて、涼介が家に持ち帰っていました。
涼介くんなら読んでも構わないわよ、と言ってくれた早川さん。
読んで愕然。
訪問看護師として 難病の上松文を担当。
上松文は、息子と男の子の孫の高志の3人暮らし、高志の母親は出ていっていません。
アルコール依存症の父親はお酒を飲むとひどい暴力をはたらくので、高志には祖母が心の拠り所でした。
文の面倒を見きれなくなった父親は、祖母を施設に入れる、と言いましたが、父親の暴力(背中に熱湯を浴びせられたことも)を考えると、父との二人暮らしは恐怖。
祖母にいてほしくて、
自分が祖母の面倒を見る、と介護を買ってでたのでした。
夏祭りの夜、早川は、高志を誘ってお祭りに連れ出してあげました。
今夜はお父さんがおばあちゃんの面倒を見てくれる、というので…。
帰宅するとおばあちゃんは痰が詰まって…亡くなりました。
嘘をついておばあちゃんを一人にしてお祭りに行ったことで死なせてしまった、と自分を責める高志。
高志をかばって、自分が痰の吸引を忘れていたことにして看護師を辞めた早川。
それから二人は合うことはありませんでした。
このままでは殺されるかもしれない、と児童養護施設に駆け込んだ高志を養子にしてくれた三上さんがいたから、医師になれた高志。
三上は里親の名字ですから、早川は、ずっと気になっていて会いたかった「高志くん」が近くにいることに気づいていない。
奈緒は、意を決して二人の四半世紀ぶりの縁を結び直してあげました。
死は生きたことの証
命が終わった瞬間を見届けても死を怖いものだと思わなかった…と奈緒は思う。
死は、ゴールなんだ、お疲れ様でしたね、と労ってあげたい。
もう会えないのは、声を聞けないのは、寂しいけれど、一人の人間の人生という舞台の幕が下りる。
形は消えても、いろんな人の中で、記憶の中で「その人」は生き続けています。
だからこそ、自分は家族や友人の記憶の中にいい思い出として残れるように、誠意をもって生きようと思っています。
誰かの希望の星
早川さんは三上を照らす星でした。
小学生の時、良いことをできたら、早川さんが金の星のシールをくれました。
三上医師がトクさんに金の星のシールをあげていたのも、自分が嬉しかった体験を、誰かにさせてあげたかったのでしょう。
早川さんも高志くんのお母さんになりたかった、と最期に呟いていました。
誰かが希望を持って生きられるような星になる、
頑張る姿を遠いところから見守る星、その星を見上げている誰か。
やさしい世界。
誰かの星になる。そんなゴールを自分もいつかできるだろうかと、奈緒は満天の星を見上げた。(出典:『満天のゴール』 P293 )
物語の舞台が絵地図になってます
本の巻末に、子どもが描いたを思しき、丹後半島の絵地図が載っています。
「お母さんのふる里 字と絵 涼介」
おじいちゃんの家(お母さん・奈緒の実家)、お母さんの働く病院、(伊根の)舟屋、宮津駅、一人暮らしのトクさんの家など。
Google mapで見て、この辺かな??などと想像するのも楽しかったです。
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