第164回直木賞受賞作「心淋し川(うらさびしがわ)」を読みました
2018~2019年「小説すばる」に掲載された6編が収められた連作短編集です。
江戸の下町、千駄木にある、澱んだ川のほとりの長屋に暮らす人達の人生を描いています。
- 心淋し川(うらさびしがわ)
- 閨仏(ねやぼとけ)
- はじめましょ
- 冬虫夏草(とうちゅうかそう)
- 明けぬ里
- 灰の男
の6編が収められています。
うらぶれた長屋の奥の小屋に住んでいる呆けた乞食の「楡爺」や、裏町の世話役の様な差配の茂十。
生い立ち、来し方にいろいろあれど、裏町(心町)で肩を寄せ合うように暮らしています。
江戸時代の町民の暮らしは、髙田郁さんの著書「みをつくし料理帖」シリーズで楽しく読みました。
この作品もまた、江戸時代にタイムスリップして読みました。
6編のあらすじ
⚠ネタバレあります、ご注意ください
1️⃣ 心淋し川
酒飲みの父のせいで暮らし向きは貧しく、母と娘のちほでお針仕事で生活を支える日々。
ちほは、仕立て屋に納品に行く折に、着物に紋を描く上絵師の元吉と出会い、好き合う仲になりました。
彼の腕を見込んだ師匠に京へ修行に行ってみないか、と言う話に断腸の思いで…京へ行く決断をして…
思いが叶わなかったちほに、求婚をしたのは、他でもない、あの嫌味ばかり言っていた仕立て屋の手代…
2️⃣ 閨仏
14歳の時にキセル屋の女中に出されたりきは、その店で青物卸の大隅六兵衛と出会い、20歳の時に囲われの身となりました。
大隅六兵衛は、4人もの妾を心町の長屋に住まわせていたので「六兵衛長屋」とよばれていたのです。
一番年重のりきは、六兵衛の持ってきた風呂敷包みから転がりでた張形に、ふとした思いつきでそこに仏を彫りました。
とんでもないものに仏様を彫ってしまった、とお詫びにお寺にお参りに行って知り合った、彫り物を褒めてくれた仏師の郷介と懇意に。
りきは、六兵衛亡きあと、六兵衛長屋の妾たちを六兵衛に代わって、この彫り物を売るお金で4人の生活を支えるため、結婚はせずに…
3️⃣ はじめましょ
心町の「四文屋」は料理人の稲次が亡くなった後、
以前同じ店で料理人をしてた与吾蔵が後を継ぐことになり、店を回していました。
ある日、買い出しに行く途中で、与吾蔵の耳に聞き慣れた節が…女の子が歌う「はじめましょ」の唄。
昔、捨てた女が口付さんでいた節だ…生まれる前に父は亡くなっているというが、もしやその子の母親は自分が捨てた女・るいでは?と言う思いにかられて…
4️⃣ 冬虫夏草
日本橋本町の薬種問屋の内儀だった吉(きち)は、下半身不随の息子と長屋に暮らしていました。
遊び好きの富士之助は、家業に身が入らず早々と結婚したものの、侍に楯突いて痛めつけられ下半身不随に。
夫の死後、商いは傾き、店を手放し心町へ。
母の吉は、嫁とは離縁させ、わがまま放題の息子から痛いほどの感情をぶつけられることに手応えすら感じている様子。
差配の茂十は、親はいずれ死ぬ、独り立ちする力を付けてやるのが親の務めだが…と心配しています。
富士之助は蛹(サナギ)のまま羽化できなかった蛾のようだ、というところからタイトルの冬虫夏草。
5️⃣ 明けぬ里
ようの父は、賭場の借金を返すため姉を女郎屋に売ろうとしていました。
「てめえの尻拭いを娘にさせる甲斐性なし」と罵り、自分がこんな家出ていってやる、と姉の代わりに根津遊郭へ入りました。
遊郭では、葛葉(くずのは)と名乗り、口が悪くて喧嘩っ早いので「喧嘩葛」と呼ばれていた「よう」。
それを面白がって、70手前の出雲屋の隠居が身請けをしてくれたのでした。
ようが南谷寺で気分が悪くなってうずくまっている時、かつての店で頂点に立つ花魁の明里(あけさと)が偶然通りがかって助けてくれました。
ふたりともお腹に子を宿していて…
わかれてしばらくしてから、市中に出回る読売に明里、心中の記事…
6️⃣ 灰の男
差配の茂十は、心町に来て12年、ずっとある男を追っていました。
息子を殺した男、夜盗の次郎吉。
その男は、一旦自分に馬乗りになったため、顔を克明に覚えていたので、ある日次郎吉を見つけて色めき立ちます。
すでに男は呆けていて、楡の木の下で乞食をしているので「楡爺」と呼ばれ六兵衛長屋の裏の小屋に住んでいました。
それから、茂十は、男がいつかしっぽを出すのではないかと見張るために心町に越してきたのでした…
灰の男がこの連作短編集の要の役目
5編は、それぞれ、苦しい前半生を抱えた人たちが、それでもささやかな希望を持って行きている姿を描いていますが、
その5編の最後に、この灰の男ですべて昇華します。
最初の5編は、灰の男への伏線のような役割です。
最終章で1~5章に出てきた登場人物が再度登場して、大団円の趣。
5章をまとめる要の役割をしているのが最終章です。
この6編目が一番読み応えがあり、グッと胸に迫ります。
茂十は、息子を殺した犯人を我が手で捕まえようと息子が亡くなってから18年、心町へ来てから12年、ずっと次郎吉探しに囚われて、いつしか妻も心を病んで亡くなってしまいました。
最初は楡爺にきつく当たった茂十も、楡爺が呆けて感情もない男なのでいつしか一方的に話をする相手になっていました。
ある雪の日、六兵衛長屋の女達が雪だるまを作り、赤い長襦袢を着せた時、
息子が殺された状況を思い出して気分が悪くなった茂十、が それ以上に驚愕している楡爺が
すっかり心が飛んでいったはずの楡爺が、茂十の息子を殺したときの、雪だるまが返り血で真っ赤に染まったことを反射的に思い出したのでした。
手下の斉助を討ったのは、茂十の息子・修之進。
斉助は手下だが、次郎吉の実の息子だったとわかりました。
息子を亡くした父同志、同じ身の上の茂十と楡爺は、事件の夜を思い出して気が済むまで泣いて息子の死を悼んだのでした。
タイトルの「灰の男」は、夜盗として江戸を震撼させた頭だったのに、すっかり燃え尽きた次郎吉のことだったのですね。
作中に出てくる一文
「人生は妥協の連続であり、折れるからこそ、他人の痛みも察せられる」(P207)
深いな。
年を取るからこそ分かることが多い、若いときには気づかないけれど。
年が改まり、ささやかな日常の一コマが描かれています。
悲喜こもごも。
いろんなことがあるけれど、命ある限り、日常は連綿と続いていく、それが人生。
達観してしまいました^^
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