⚠️ 基本ネタバレしております。ご注意ください。

【瀧羽麻子】『乗りかかった船』造船会社が舞台のお仕事小説|胸熱ドラマの連作短編集

瀧羽麻子さんの作品は、『もどかしいほど静かなオルゴール店』『うさぎパン』を読んで、今回が3作目です。

 

今回の本は明らかに前の2冊とは違うテイスト。

ただ、温かい気持ちになれるのは、前2作と同じです。

 

『乗りかかった船』は、造船会社が舞台で、船のお仕事のトリビアがさりげなく散りばめられていて、興味深く読みました。

 

 

Amazon★4.3   ★5=48%

2020/11/10

 

造船所舞台の7編からなる連作短篇集

海に出る

舵を切る

錨を上げる

櫂を漕ぐ

波に挑む

港に泊まる

船に乗る

 

…7編

 

舞台は中堅造船所。

 

船の製造工程も知らない一読者ですが、

造船所で働く人たちのドラマは登場人物がいきいきとしていて読んでいてとても楽しいです。

 

そしてホロッとする場面が必ず用意されていて… たまたま図書館でみつけた本ですが、とてもお得な商品を手に入れたときのような 軽い興奮がありました。^^

 

 

 

 

 

 

『海に出る』からして泣きそうになりました。

 

 

進水式は、関係者の安堵と達成感と祝祭感で感涙だわ〜

 

 

海に出る

野村雄平は機械工学専攻の大学院卒 

それなのになぜか人事部に配属されてしまいます。

営業部志望の小島は英語も堪能、なのに資材調達部。

 

優秀な技術系の学生をひきつけるには、人事にも理系出身の人間が必要だ(P41)と上司は言います。

 

そして、

大きな潮の流れは、われわれには変えられない。 《中略》

もう、海に出てしまってるんだから。どんな潮目でも進むしかない。

出典:「乗りかかった船」P43

 

そうだ…どんな潮目でも…順風満帆のときもあれば逆風に見舞われるときもある。

 

どんなことに直面しようとも、最善の方法で乗り切っていく、そんな気概で行きていこうと思いました。

 

進水式が華やかに執り行われています。

「生まれたての美しい船が、波に乗り、まっすぐな航跡を描いて水平線へと進んでいく。」

 

雄平の人生もまた、新造船のようにあればいいな、と希望のラスト。

 

 

舵を切る

佐藤由美は 前の職場は経営不振に陥り失業を余儀なくされました。 

職業訓練校で溶接技術を学んで活躍するつもりで北斗造船にはいったものの人事部に配属されてしまいました。

その人事部で 西園寺と不倫をして責任を取る形で人事部から溶接に異動になります。

西園寺は辞職しますが、処分があったのではなく、もっといい仕事に就く、と強気です。

西園寺は退職の日、由美のもとに挨拶に来て、溶接をしている由美のことを馬鹿にするのでした。

 

「少なくとも、わたしはこの仕事を必要としている。そしてここで必要とされている。」(「乗りかかった船」P85より)

 

自分の仕事に誇りを持つ、由美の凛とした姿勢が素敵です。

 

錨を上げる

宮下一海は建造部組み立て課から社内公募制度で設計部に異動することを希望していました。

 

一海の親も設計に携わり、自分も高校時代設計を学んでいたからです。

 

同じ課の井口先輩にお酒を誘われても断れない優柔不断な一海。

 

組み立て課を抜けて設計に行きたがると、先輩は裏切られたとか、恩知らずだとか思って、いい気はしないんじゃないかと、こっそり応募書類を貰いに行った一海ですが、バレてました^^

 

「挑戦したいと思うなら、なんでも挑戦したほうがいい。」 (「乗りかかった船」P120より)

 

先輩は、一海が心配するような小さい人間ではなく、ドンと背中を押してくれるのでした。

 

櫂を漕ぐ

一海が希望する技術畑の部門で昇格したばかりの川瀬修(カリスマエンジニア)の話。

 

いきなりの管理職研修で失態を犯し部下に慰められてプライドがズタズタ。

自分のプライドを保つために、自分の要領が悪かったことを部下のせいにしてみたり、仲良くできない理由を考えてこねくりまわしている感じ。

 

団体より個人が好きな川瀬ですが、社会で生きる以上、誰かと接しないわけには行きません。

 

社長直轄の事業戦略室長に着任した村井は 「社長交代で三課はこれからおもしろくなるよ」、と言います。

新社長は技術畑出身で新規技術の開発に注力していくらしい。

 

部下は屈託なく、川瀬の誕生日会と称してケーキを買って祝ってくれるのです。

自分の小さなプライドを守るために、殻を閉ざしていたのは自分の方だったことに気づく川瀬でした。

 

波に挑む

川瀬修と入社年度が同じ事業戦略室長・村井玲子。 

北斗造船の秘密兵器とまで言われた美人で敏腕、非の打ち所がない。

 

女性だから、と男社会の造船業界で軽んじられまいと奮闘する玲子でした。

 

八社の合同会議では、のらりくらり世間話と型通りの報告を読み上げるばかりで建設的な会合ではないことに苛立って、もっと話し合わないかと進言して空気を凍らせてしまいます。

 

出過ぎたことをしたか、と反省している時に社長がから呼び出される玲子。

 

この状況では一旦引いて様子をみる、という玲子に社長は、

新しいことをやろうとすると、最初に負荷がかかります。船もそうですよね?
静止状態から発進するときに、大きな抵抗がかかる。そこでくじけては前へ進めない出典:乗りかかった船 P213

 

いろいろな困難に直面してもめげずに頑張ってきた玲子の頑張りをずっと会社は見てくれていたのです。

 

「だからわれわれは、村井さんを事業戦略室長に選んだんですよ」のセリフに感涙。

 

神様は見ている、ではないですが、見る人はちゃんと見ていくれている、がむしゃらに頑張ってきたことは無意味ではなかった…

評価されていたと知り、読者も満足感でいっぱい!

 

港に泊まる

事業戦略室長だった太田武夫は新幹線で北海道に向かっていました。

北海道にある造船部門に異動になったため、家探しに。

 

社長が交代するらしい、という話は知っていたが・・・

 

北里は北海道の造船部門に左遷された男、彼が新社長になるらしいのです。

事業戦略室長の後任はまだ決まってない、という(村井玲子の予定)

 

北里は北海道から離れたくないと言っていると聞いていましたが…

北海道への新幹線車中で、自分に落ち度はあったのだろうか、とネチネチ考えてしまう太田でした。

船に乗る

北里進は北海道出身。

造船所の前の食堂で母一人子一人で育ちました。

 

社長になって欲しい、と人事部長の倉内が直談判に来ました。

 

5年前、唯一の肉親の母が倒れ、北海道に転勤になりました(左遷ではなかった)。

最近、母がまた倒れたので一人にはしておけない、と東京で社長になるのを渋っています。

 

昔、クルーズ船が修理の為に入港、北斗造船が修理にあたったときのことを母が話してくれました。

 

今、初めてのクルーズ船を建造している北斗造船

 

社長になる前に親孝行をしたくて、クルーズ船に乗ろう、たまには休もう、と誘う進に

乗りたくないよ、船酔いするもの…と一蹴されてしまいました…^^;

 

見事に繋がる7編のお話

連作短編集の醍醐味をじっくりと味わえる作品。

 

どれもゆるやかに繋がっています。

 

7→6→5→…と後ろから読んだ方がわかりやすいかも。

 

7編のお話に登場する人物は皆小さなストレスを抱えていますが、どの作品もラストは温かい気持ちになれました。

 

おすすめです♪