『土漠の花』 から6年半振りに月村了衛さんの著書を読みました。
またしても、壮大なスケールとラスト熱いものがこみ上げるドラマ。
一気読み!
久しぶりに読了後、天井見上げて泣きました。
Amazon ★4.2 (★5 49%)
明朝体で脱、北、航、路の4文字とハングルでタップクハンロ。
赤と緑が二分する表紙がシンプル。
読後にググってみたら、北朝鮮の潜水艦、上部が緑、下3分の2が赤なんですね。
表紙絵は、北朝鮮の潜水艦の一部だったのか…。
老潜水艦、という設定ですので、塗料も一部剥がれているように描かれています。
硬くてヘビーな内容で、305ページ、読むのに時間がかかるかな、と思いきや、なんの!
読まされて、読まされて、一気読み!
面白かった〜 そしてラスト涙!
⚠️以下、ネタバレあります、ご注意ください。
北朝鮮軍人の脱北を描く物語
…ということで、北朝鮮軍の大佐・桂東月(ケ・ドンウォル)が主人公。
演習の夜、潜水艦11号に乗り込むメンバーを知って、北朝鮮の不正が横行する軍にも、腐りきった国にも不満を持つ艦長の東月は、今晩しかない、と脱北を決意します。
副館長、機関長、航海長、通信長、魚雷長、操舵員、ソナー員、レーダー員
軍に家族を殺された恨みを持っている乗組員たち。
関係のない乗組員は、5分の猶予を与えるので、一緒に脱北するかどうかを考えろ、と。
脱北したら、家族が危ない、戻っても、自分の将来に希望はない
究極の二択です。
脱北がバレる前に、北朝鮮海域を出なければならない、その緊張感が、焦燥感が、物語の先へ先へといざないます。
島根県江津市、45年前の後悔
45年前、島根県江津市波子町で巡査を務めてい岡崎誠市は、先輩巡査長と自転車で警ら中に出会った、2人の小学生の訴えに耳を貸さなかったことを後悔していました。
浜で「変な言葉を話す男」を見たと訴えて来た小学生に、先輩巡査長は、
「いいかげんなことを言うとらんで早う帰れ」といなし、誠市にも「いちいち相手しとったらきりがないで。」と言われてしまい、引っかかりながらも、次の言葉を飲み下したのですが…
翌日、中学1年生の広野珠代さんの捜索願が出されたことを知り、小学生の証言を署内で訴えるも、逆に「警察官は上に言われた通りに動いとったらそれでええんだ。」
あ〜、事なかれ主義、ここに極まる!
こういう上司の一言で、自分で考えることも、行動することもできなくされて骨抜きになってしまいます、嘆かわしい、義憤でプンプンしてしまう。
もうひとり後悔している人間がいました。
山本甚太郎 70歳。
45年前、底引き網漁の大型漁船に乗っていた彼は、不審な船影を目撃しました。
日本の船じゃない、海上保安庁が来る前になんとかできないか…
そう、先輩漁師に訴えたが、ほっとけ、関わらん方がええ…
甚太郎も、浜に戻ってから、広野珠代さんの失踪を知ることになります。
手に汗握る海中戦、潜水艦という閉塞空間も緊張感を弥高める!
千載一遇のチャンス!と脱北計画を練った桂東月と政治指導員・辛吉夏(シン・ギルハ)。
北朝鮮の人間だけだと、あっけなく撃沈されてしまう、ならば、と人質として、45年前に島根県の海岸で拉致した、広野珠代を乗船させることにしました。
逡巡はあったものの、日本に帰れるチャンス、と脱北を決意した広野珠代。
持病の喘息があり、体調不安を持ちながらの乗船でした。
潜水艦では、物音を立てると、敵艦に気づかれてしまいます。
珠代のぜんそくの発作が出ないか、と心配していると、大きな揺れで、珠代の喘息の薬が床に散らばって…ハラハラドキドキです。
ソナー員の圭史(キュサ)が、淡々と敵の魚雷の位置を数字を読み上げて知らせます。
この、淡白さに救われました。
敵艦(敵艦と言っても、自国・北朝鮮)の戦艦の魚雷のダメージで浸水してきたり、
スクリューに漁網が絡まって推進力がなくなったりと、次から次へと困難が立ちはだかって、もう頭の中が潜水艦一色!
敵艦 潜水艦9号の艦長は、良きライバル・羅済剛(ラ・ジェガン)
済剛は、脱北艦の艦長が、ともに訓練を受けたライバルの東月と知って、ついにやったな、と納得しました。
2人が敵味方となって戦うことになった皮肉な運命を軍人として受け入れます。
東月も、羅済剛の手の内を知っていて最善の作戦を練り、実行していきます。
海中では、瞬時に判断して、打って出ないと負け。
畳み掛けるような作戦、敵からの応戦、緊張感が一気に高まって、時間が経つのを忘れるほど。
没頭。
そして、勝利は東月にあり。
鉄の塊、潜水艦9号は、済剛を載せたまま、海底深くへ沈んでいきました。
専門知識が、物語に厚みを添えてくれます
水温が低いとソナー探知が混乱するそうです。
また、
海中では水の密度の違いから音の速さが変化し、シャドーゾーンと呼ばれる音波の伝わらない深さが存在する。水上艦がここに隠れた潜水艦を探知するのは困難であり、逃げ込むには最適の場所なのだ。
『脱北航路』P118 より
せっかく知識として知っていても、北朝鮮のロメオ級潜水艦(ロシア/ソビエト軍潜水艦)は強度劣化により100メートル程度しか潜航できない…
などの情報が、物語を更に面白くしてくれました。
ラスト50ページに心揺さぶられて
北朝鮮の潜水艦9号は海の藻屑となり、眼前の敵は失せたけれど、これからが正念場。
日本は、自分たちを受け入れてくれるのだろうか、広野珠代さんを連れては来たけれど、…読めません。
隠岐島西北60キロに到達。
PAN PAN PAN…緊急信号を発した後に、広野珠代さんが続けました、自分の名前、両親の名前、45年前に何があったのか、を。
更に、桂東月が、「本艦は日本国への亡命を希望する」
巡視船いわみは、現場海域に到着して、通信を聞いていながら、上からの手出し無用との指示で何もできずにいました。
見〜て〜る〜だ〜け〜!
「あいつら(海保・自衛隊)いつもみとうに見て見ぬふりをするつもりに決まっとろうが」と漁師の甚太郎は、珠代さんを迎えに行くと言います、朝の散歩中だった岡崎誠市も、同船しました、45年前の後悔を、今再び繰り返さないために。
「人生の落とし前をつける」ために。
海保のヘリが、救助に駆けつけた民間の船団に海域からでるよう呼びかけています。
その上、自衛隊は船団の進路を妨害するミサイル艇まで…!
潜水艦は、火災が発生し、浸水のため、斜めに傾いで来ていました、外は叩きつけるような冷たい雨。
甲板から滑り落ちないよう、疲労困憊の体で必死にしがみつく乗組員。
民間船の人命救助を見て、海上保安庁の巡視船も救難活動に当たることに。
船長の鈴本の、かつての上官の五月女は、45年前に珠代さんを救えなかった苦しみの中で生きています。
私の過ちを繰り返さず、海上保安官として立派に行動してほしい…五月女の言葉が蘇ります。
本部より船から離れよ、との命令が届いたけれど、
鈴本は、彼の責任において、救難活動にあたる、と返信します。
船長…自分は本船の乗組員であることを誇りに思います。
ここ、何度読んでも泣けます…
ようやく本部から遅遅に、救難活動OKに命令変更が届きました。
人命救助の緊急を要するときには一刻の猶予もないのに、イライラさせられる一幕でした。
東月と珠代たちを乗せて試練をともにくぐってきた潜水艦11号は、吉夏とともに鈍色の海に沈んでいきました。
映画『タイタニック』を思いだしました。
一読の価値アリです!
さすが月村了衛さん、しっかりと脳内ドラマを展開させてもらいました。