happyの読書ノート

読書感想を記録していこうと思います。 故に 基本ネタバレしております。ご注意ください。 更新は、忘れた頃に やって来る …五七五(^^)

【伊吹有喜】「彼方の友へ」|戦前戦中、少女雑誌出版に熱意を傾けた女性の人生に胸熱

直木賞ノミネート作品で 伊吹有喜作品なので読んでみました

伊吹有喜さんの作品を読むのは3作目なのですが、いつも心がじんわり温かくなるストーリーに引き込まれます。

今回は、第二次大戦中、少女雑誌「乙女の友」の編集部の奮闘と、お手伝いから初めての女性主筆に上り詰めた波津子の物語です。

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「友よ、最上のものを」
戦中の東京、雑誌づくりに夢と情熱を抱いて――
平成の老人施設でひとりまどろむ佐倉波津子に、
赤いリボンで結ばれた小さな箱が手渡された。
「乙女の友・昭和十三年 新年号附録 長谷川純司 作」。
そう印刷された可憐な箱は、70余年の歳月をかけて届けられたものだった――
戦前、戦中、戦後という激動の時代に、
情熱を胸に生きる波津子とそのまわりの人々を、
あたたかく、生き生きとした筆致で描く、著者の圧倒的飛躍作。

 

実業之日本社創業120周年記念作品
本作は、竹久夢二や中原淳一が活躍した少女雑誌「少女の友」(実業之日本社刊)の存在に、著者が心を動かされたことから生まれました。

実業之日本社HPより

 読んでいて、中原淳一さんの雑誌みたい、って思ったら、中原淳一さんがご活躍された「少女の友」がモデルになっているんですって。

 

冒頭は、91歳になる佐倉ハツが老人施設の職員と会話している場面から始まります。

施設に届けられた 雑誌の付録の「フローラルカード」を見て、ハツは、まどろみながら、フローラルカードを手にした頃のこと、編集部で苦労しつつ全国にいる読者=友のために奔走してた日々を思い出していました…

回想で綴られる物語

プロローグ

第一部 昭和十二年

第二部 昭和十五年

第三部 昭和十五年晩秋

第四部 昭和十八年

第五部 昭和二十年

エピローグ

からなっています。 プロローグでは、

平成の老人施設にいるハツの元に誰からか「フローラ・ゲーム」(昔の少女雑誌の付録)が届けられました。

フローラ・ゲームの思い出をさかのぼって物語は進みます。

昭和十二年

父は中国上海で仕事をしていて、ハツは母と二人暮らし。

家の裏の印刷工場の息子・春山慎が、こっそり、印刷所で試し刷りをした「乙女の友」の口絵をくれるのを楽しみにしていました。

有賀主筆と挿絵画家の長谷川淳司の「ゴールデンコンビ」が繰り出す、乙女心をくすぐる仕掛けがいっぱいの「乙女の友」は、全国に多数の「友」と呼ばれる読者がいて 連続4ヶ月完売の記録を打ち立て、大人気の雑誌でした。

タイトルの「友」とは、「乙女の友」の読者のことだったのですね^^

 

母が病気がちで薬代を気にしたハツは、進学を勧める母の希望をよそに音楽教室の女中として働くものの 教室のマダムは実家のある神戸に帰ってしまい職を失います。

叔父の口利きで、出版社で雑用をすることになったハツの目の前に、憧れの有賀主筆が!!

ここから大きく運命の歯車が動き始めます。

昭和十五年

今でこそ、男女平等ですが、女性であることで働きづらさもあり、周りが大学卒業の学歴のある人達の中で、高等小学校終了のハツ(波津子)は、気後れしがちでした。

最初は、憧れの有賀主筆につれなくされて ますます自信を持てずにいた波津子。

高等小学校出で、漢字も満足に書けない状態でした。

 

それでも、幼い頃から懐き続けていた「乙女の友」への熱意が認められ、主筆自らが、編集者になれるよう指導すると申し出てくれて…。

 

いろんなエピソードが伏線としてはりめぐらされています。

 

国家転覆罪の疑いで作家のひとり空井量太郎が警察に連行されてしまいました。

急遽穴を埋める原稿が必要です、こういうとき、主筆が文章を書いて埋めたりするのだそうです。

波津子が書いていた 田舎から東京の女学校にあがった3人の少女 ちえり(さくらんぼ)、桃、梨田、の物語「フルーツポンチ大同盟」が採用されることになりました!!

 

また、ハツの人生がステップアップしました。

戦局はますます厳しくなり、「奢侈はあらたむべし」と、殺伐とした空気が流れていました。

「フルーツポンチ大同盟」のフルーツポンチも敵性語の為、改題を迫られ「果物三勇士」に。

敵性語、なんてナンセンスなんでしょう!!

今、言論の自由が当たり前ですが、こんな時代もあったのだ、と自由に感謝しなくては。

海外には、思ったことも言えない 言論の自由のない国がありますね。想像しただけで息苦しいです。下手をすると命を危険に晒すことになるなんて、絶対イヤだわ、そんな国!!

 

終戦から76年、語り部も鬼籍に入る方がほとんどで 戦争があったという事実が風化しつつあります。

この作品は、実業之日本社創業120年周年記念作品。

著者 伊吹有喜さんは、1969年生まれですが、まるで見た来たかのごとく 戦時中の生活を活写されていて興味深いです。

巻末の参考資料は40冊にのぼります。

台割やマチなど 編集者が使う用語も面白く、またこのようにして雑誌は作られていたのだな、とわかって興味深いです。

 

ここ30年、パソコンとインターネットの普及ですっかり編集の仕方も変わってしまったと思いますが、記録としてもとても貴重で、読み応えがありました。

友の会

私的に「友の会」と言えば、宝塚友の会、ですけど、こちらの友の会は「乙女の友」愛読者の会で、読者同士親睦を深め、編集者の有賀主筆や挿絵の長谷川淳司、果物三勇士の著者の佐倉波津子(ハツ)への質疑応答の時間などもありました。

 

実際、こういう会が持たれていたのでしょうか。

出版社と読者(雑誌ファン)をつなぐ会、素敵ですね。

最後に、淳司がピアノを弾き、波津子がアニー・ローリーを歌い、みんなが声を合わせていく…素敵な場面に胸が熱くなりました。

そして、私事ですが不意に 昔父がピアノでアニー・ローリーを弾いていたことを思い出し…泣けました。

 

友の会の帰りに参加者の少女が明るい色のリボンを付けているという理由でも憲兵に押し倒され、敵性の歌を歌った、と厳重注意を受けたのですが…。

 

殺伐とした時代だからこそ、夢が必要だ、という編集部と、「針の穴から堤も崩れる。服装の乱れは心の乱れでも有る。」という憲兵の考え方には1ミリも歩み寄ることなど出来ないのでした…

昭和十八年

雑誌紙面で、戦況に触れないと、紙を割り当てられなくなったこのころ。

結婚して奉天に向かった同僚の史絵里に「Dear 史絵里」と書いて手紙を送ってね、と言われ 結語になんて書いたらいいか、と有賀に尋ねると

Sincerely yours と書く、「乙女の友」風に言うと 「私は永遠にあなたのものと訳すかな」。

 

尊敬し好意を寄せていた有賀が出兵していく…東京駅の雑踏の中、声を枯らしても波津子の声は、有賀に届かない。アニー・ローリーを歌う。

駅にいる乙女たちがそれに唱和しはじめて…有賀は、初めて見せる笑顔で応えてくれたのでした…。

 

明治神宮外苑陸上競技場で行われた出陣学徒壮行会を取材するため、波津子はカメラマンと共に向かいました。

雨の中の壮行会。

テレビ番組で見たことがあります。

優秀な青年が、負け戦で無駄に大切な命を散らしたことを思って泣きながら見てました。

今思い出しても 目頭が熱くなります。

戦争は、絶対にやってはいけない、それでも地球上で今も戦争をやりたがっている国があるのは悲しいことです。犠牲になるのは多くの名もなき国民だから。

昭和二十年、空襲、そして終戦

「乙女の友」を出版する大和之興業社のある銀座も3月の大空襲で被害を受け、社ビルも壊れました。

爆撃を受けるシーンは、迫力の筆致で、緊迫感抜群。

息を詰めて読みました。

経験したこのない空襲がいかほどに怖いのか、想像しか出来ませんがリアルに描かれていました。

 

終戦の8月末、大和之興業社の社員は、瓦礫を撤去する作業に追われていました。

瓦礫の下から、「乙女の友」が、付録だった「フローラルカード」が出てきました。

そんなとき、ふらりと長谷川淳司が戻ってきました。

「作ろう、もう一度、今だからこそ」

大好きな有賀主筆の標語 友へ、最上のものを。

 

再び「乙女の友」が発売されると聞いて、全国の書店が大和之興業社に本を買いに集まっています、

皆、読み物に飢えています、友たちに届けますよ、と言って帰っていく。

ここの件は涙で曇って読みにくかった…

 

雑誌を通して、友=読者と繋がっている、それを実感する波津子、編集者冥利に尽きますね。

 

エピローグ

フローラ・カードを波津子に届けたのは、ライターの津田とヤマトパブリッシング 社史編纂室の山崎。

 

津田は、長谷川淳司の著作権の相続人で、有賀憲一郎のひ孫と思われました。(出自があやふや)。

 

有賀出征時に編集部の皆で「武運長久」の日章旗にサインをした、波津子は、父に教わった五線譜と音符を使った暗号を用いて「ありがさま いつまでもおしたいしております」と認めました。

 

日章旗に包まれたフローラ・カードに添えられた紙にも五線譜と音符。

波津子が有賀に教えた暗号のルールを使って 波津子だけにわかるメッセージを書き付けたのですね。

 

「ディアはつこ シンシアリーユアーズ」と読めました。

 

「親愛なる波津子 私は永遠にあなたのもの」

 

涙腺崩壊~~~~!!

 

 

口には出さなかったけれど、有賀の胸の中にはずっと波津子が生きていて、80年の時を経て ようやく波津子にその思いを伝えられたんですね。

思いが届いた時には 愛する人はもういない、なんという皮肉。

 

戦争さえなければ、二人の思いは通い合ったのに…。

 

ほのかな愛だけに じわりと心に響きました。

素敵なお話でした♪

 

キャラが立ってる!

ドラマ化、映画化したら面白そうです。

・佐倉波津子 高等小学校卒女中あがりだけれど「乙女の友」をこよなく愛している

・有賀憲一郎 かっこいい主筆

・長谷川淳司 長身優男風の芸術家 中原淳一がモデル?

・上里編集長 シェン様と呼ばれている わかりましぇ~んとか言ってちょっと軽いがいい人

・佐藤史絵里 女子大生で編集部に出入りしている有賀の親戚 波津子の仲良し

・霧島美蘭  有賀の婚約者の姉。妹は結婚前に亡くなってしまった。美蘭は海外留学経験社で一目置かれる存在

・空井量太郎 科学系作家

・荻野紘青  重鎮の作家先生

・浜田良光  編集部で、波津子をライバル視している嫌味な男

 

妄想が広がります!