2024年に読んだ本、3冊目は、葉真中顕著『ロング・アフタヌーン』です。
こちらは、インスタでフォローしている方が紹介されていた本。
読んだことのない作家さんなので、読んでみようと図書館で借りていました。
Amazon★4.2 ★5=58% 2022年3月9日発売
編集者と文学新人賞を狙う女性の物語
冒頭から、明朝体ではない書体で
志村多恵著 『犬を飼う』という小説が描かれています。
これは作中作。
読み進めてみると、この文中の「犬」とはペットの犬猫の犬ではなく、
人間の男性のことだとわかります。
それが恐ろしくて、しばらく読み進められずに置いていました。
せっかく読み始めたのだから、と気持ちを奮い立たせて続きを読みました。
出版社勤務の女性と、小説原稿を送ってきた志村多恵の人生が重なる物語
小説新央という出版社に勤務する編集者・葛城梨帆が主人公です。
2020年の年末、きれいにデスクを片付けた彼女のもとに小説原稿在中と書かれた封書が届きました。
差出人は志村多恵、7年前『犬を飼う』を送ってきた女性です。
2013年当時50歳の志村多恵は、小説家になりたい、と小説新央短編賞に応募してきました。
300作品応募された中から一次通過が60作、最終選考に残るのはわずか6作。
その6作の中に『犬を飼う』が入り、梨帆は志村に受賞濃厚だと伝えたのですが、選に漏れました。
その彼女が、7年経って、また梨帆の元に原稿を送ってきた、というところから話は動き始めます。
「長い午後」女の午後は長い…から始まる私小説に心を重ねて
新央出版の編集者・葛城梨帆の日常と、『長い午後』の文章が交互に登場します。
本編と、作中作『長い午後』は、字体が違うのでわかりやすいです。
『長い午後』の主人公・私(多恵)は、死のうと思い踏切に向かっていた時にふいに高校時代の友人 柴崎亜里砂に肩を掴まれます。
彼女は背が高く、凛々しい顔立ち、積極的でスポーツも勉強もできる 王子様的人気者でクラスの中心で輝いていました。
彼女といつも一緒にいて姉妹のようだと友達に言われていました。
彼女は、大手商社を退職してコンサルの会社を起こし女性向け商品開発のアドバイスをしているといいます。
そんなキラキラの彼女から、ター坊は今何をしているの?と聞かれ、殺意が芽生えたのでした…
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大人も夢中にする牧島晴佳の世界…牧島晴佳は元夫の妻。
童話作家ながら、すてきな物語を紡ぎ出しています。
世間的な評価も高い憧れの作家。
何故自分はこうなってしまったのか…
時々パニック障害に見舞われる梨帆。
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長い午後
亜里砂の勧めでiPhone5を買い、化粧品を買う…急に世界が広がりました。
多恵は高校時代小説を書いていたが、今は書いていません。
亜里砂は、また小説を書けばいいのに、というけれど。
コンビニで文句いいの カスハラの男を見かける
夕飯を用意していると帰ってきたのは先程のクレーマーだった
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梨帆はエッセイストの風宮華子を2014年から担当しています。
2003年に恋愛小説で公募新人賞を取って文壇のニューヒロインと呼ばれた風宮華子にエッセイ執筆を勧めると
2017年エッセイ『凛として』が大当たり。
ベストセラーとなり、シリーズ化もされました。
彼女の適性を見抜いた梨帆は大手柄、それ以来風宮と二人三脚で原稿を作っています。
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長い午後
夫は定年退職後気性が荒くなり モラハラ夫化が加速。
多恵にとって食事の時間が一番緊張する時間。
痴呆の義母の介護して看取ったのですが、義母は誤嚥性肺炎で亡くなったことから、 夫からお前が殺したと責められます。
スマホでネットの井戸端会議で同様の悩みを持つ人達の声を聞いて、これは私だ、と1日の大半を井戸端会議のコメントを追っかける毎日。
そんなある日、離婚、決意しましたという書き込みに、大勢の人たちがエールを送っていました。
ネット記事には犯罪のニュースが溢れており、凶悪犯の多くは男性だ、と気づいた時
物語の種が降ってきた!と小説を書いていた高校時代以来の懐かしい感覚に
雷に打たれたようになり「男が犬になってしまっている世界」を綴り始めました。
400字詰め50枚、賞に応募してみれば、と亜里砂が勧めてくれました。
勝手に将来を決めないで、と腹立たしく思った亜里砂から 今は背中を推された気がしたのでした。
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梨帆の夫・マコトは子供が大好きだけれど、梨帆は生みたくない派。
ある日妊娠に気づいた梨帆は、夫に相談せずに遠い街で勝手に堕ろしてしまいました。
それを知った夫は激怒、2018年離婚。
マコトおすすめの作品『よると月の王国』牧島晴佳は、銀杏社新人賞を取っています。
最新刊「銀の船にきみを乗せて」は最高傑作と謳われ、感動の二文字では片付けられない深い作品とまで評価されています。
元夫も別の出版社に勤務し、牧島晴佳の編集者として関わっています。
以前、梨帆は牧島晴佳のファンで夫を通じてサイン入りの本をもらうこともあったのですが…
夫と別れた今、彼女のブログをチェックして比べてしまう自分が悲しくなってしまうのでした。
夫が牧島晴佳に携わって名作を世に送り出したように、自分も…と梨帆は原稿を送ってきた多恵に
また書いてほしい、小説家になる手伝いをしたい、と電話をしたのでした。
『長い午後』の主人公は、小説を書くことでポジティブになるが
長い午後
『犬を飼う』は309作のうちの6作に残りました。
お祝い、と称し亜里砂と4000円のホテルのランチを食べ、美容部員にメイクしてもらい、普段モラハラ夫から抑圧されている多恵は蓋がとれたように元気になりました。
それというもの亜里砂が言った
「人生はいつか終わるのではなく 完成させるもの」という言葉に感銘を受けたから。
ただ流れに乗ってなんとなく生きるのではなく、自分の意思で人生を「完成させる」というポジティブな感情を初めて抱いた多恵は、
夫との会話もビクビクしていたのに対等に話せるようになり 魔法がかかっている感覚に高揚感すら覚えていました。
しかし受賞はならず…夫が元気を取り戻し、人格否定の暴言を吐くのです。
「これに懲りたら、もう勝手なことするなよ。つまらん作文は二度と書くな。どうせおまえに才能なんてあるわけないんだ」(p217〜218より抜粋)
なんて酷い…(泣)
亜里砂についての真実
多恵の結婚は、
上司である夫に呼び出されて関係を持つうちに妊娠、責任を取るといわれての結婚でした。
愛されていた、と思ったけれど、愛されている、幸せだ、と自分に言い聞かせて生きてきたようです。
亜里砂は、
「あなたはあの男にレイプされた、挙げ句子供を身ごもった。自分を犯した男の子供なんて生みたくなかった、
あなたが愛だと思ったのも、責任だと思ったのも全部ただの帳尻合わせだったんだ」 (p229より抜粋)
本心を代弁してくれる亜里砂の言葉に、救われる多恵。
レイプされた、と女子大生から訴えられて 相手側の弁護士を伴って帰ってきた息子。
夫と息子 ふたりともレイプ犯ではないか。
二人の存在を消してしまえばいい、と亜里砂はそそのかします。
「あなたが自分で死ぬっていうことはあいつらに殺されるっていうこと
あなたが死んだあと、あいつらは少し悲しむかもしれない。でも、すぐに忘れるよ。
殺されるくらいなら殺したほうがずっとましだよ」 (p242より抜粋)
えぇ〜???
《ネタバレ》
亜里砂はずっと前に死んでしまっていました。
今までアドバイスしたり、背中を押してくれていた亜里砂は、多恵の妄想。
多恵の心の声が、亜里砂の言葉だったんです。
生きていて良かった…編集者・葛城梨帆もまた
編集長の駒場はやってみなよ、と梨帆の背中を推してくれました。
新央出版に文芸を担当する部署はなくなったけれど、
多恵の『長い午後』は出版できそうでホッ♪
この4年一番社に利益をもたらしている編集者は梨帆であり、
風宮華子さんにエッセイ『凛として』を書かせた功績は大きく、あのヒットのお陰で
新央出版の新書レーベルは広く認知されるに至りました。
「君は会社を救ったんだ 社長賞だってもらっただろ」 (p252より抜粋)
わがままな風宮に付き合い、一生懸命二人三脚でやってきたことがこんなに評価されていたなんて。
じわ〜と目頭が熱くなります。
小説やってみないか、って声をかけようと思っていた、という編集長の言葉が染みます。
生きていて良かった 死ぬつもりだった、
ほんの数日前まで死のうと思っていた梨帆は、
志村多恵の小説が送られてきた、これは私だ、私の物語だと思い
小説の中の多恵に自分を重ね合わせていたんですね。
『長い午後』の主人公は亜里砂という古い友人の幻により自殺を思いとどまりました。
主人公を自分に置き換えて読んでいた梨帆もまた、自殺をとどまり、無性に作者に会いたくなりました。
編集者と小説家は共犯者?
長い午後
亜里砂が亡くなっていることを知ったのは息子の示談が成立した後。
彼女と話したくて実家に電話すると亜里砂は自殺していました。
私も死のう…
高校時代の友の物語を紡ぐことに没頭したために彼女が意識のなかに現れたのでしょう。
年末年始は9連休で実家に帰ってきた息子。
夫と息子、二人に睡眠導入剤をいれた麻婆豆腐を食べさせて 眠った所で練炭で一酸化炭素中毒死させて庭に穴を掘って埋めました。
その庭で何事も無かったかのように家庭菜園を作る多恵がちょっと怖い。
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梨帆は、『犬を飼う』『長い午後』の作者の志村多恵に会いに出かけました。
57歳の多恵は事故で夫と息子を亡くし戸建ての家を売って小平市のマンションに一人暮らし。
梨帆は、あの家を売って大丈夫だったんですか?とつい聞いてしまいます、庭に死体を埋めたのに…とは言いませんでしたが ^^;
あの小説通りに夫と息子を殺して埋めたと思ってるんですか?と逆に聞かれてしまう(笑)
多恵が言います、私が書きたいのはフィクション、物語、つくりもの。
ほんの少しでも読んだ人の”ほんとう”に触れればいいと思う、と。
その言葉を聞いて梨帆は言いました。
「『長い午後』は私の”ほんとう”に触れました。
あの小説には多恵さんの”ほんとう”も宿っているんだと思います。」
『長い午後』を自分に重ね合わせて読み進んだ梨帆だから、
「あなたを小説家にしたいと思っています、
私をあなたの共犯者にしてください。」(最終ページより抜粋)
出版社と編集者、作中作…興味深いです
出版社と文学賞、
編集者と小説家
小説、本作りに携わる人達が描かれていてとても興味深かったです。
誰しも、本を読むときは、どこか自分の体験や、思いを重ね合わせながら読むと思っています。
主人公の梨帆が言う「共犯者」とは、共に”ほんとう”に触れる作品をつくる作業をする仲間という意味でしょうか。
『長い午後』の多恵の抑圧された人生、その中で夫への殺意がどうなるのか、とハラハラしながら読みました。
作中作が2編あり、うまく物語につながっていてプロットが巧いなと。