happyの読書ノート

読書感想を記録していこうと思います。 故に 基本ネタバレしております。ご注意ください。 更新は、忘れた頃に やって来る …五七五(^^)

【湊かなえ】読了後、切なくて苦しくなった「落日」

湊かなえさんの本は何冊か読んでいます。

本作は、直木賞ノミネート作でもあり、昨年、図書館に予約してあって、ようやく回ってきました。

久しぶりの湊かなえさん作。

 

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湊かなえさんの作品は「地続きの怖さ」と新聞の記事で読んだ記憶があります。

小説の中の絵空事ではなく、身近に起こりうる事件を題材にされています。

 

新人脚本家の甲斐千尋は、新進気鋭の映画監督長谷部香から、新作の相談を受けた。『笹塚町一家殺害事件』引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた。15年前に起きた、判決も確定しているこの事件を手がけたいという。笹塚町は千尋の生まれ故郷だった。この事件を、香は何故撮りたいのか。千尋はどう向き合うのか。“真実”とは、“救い”とは、そして、“表現する”ということは。絶望の深淵を見た人々の祈りと再生の物語。

BOOKデータベースより

 

ネタバレあります、ご注意下さい。

 

本書は、エピソード1~7の 長谷部香監督の幼少期から現在に至る過程を語る部分と、

笹塚町出身の新人脚本家・甲斐千尋の家族関係、人間関係、思い出などが語られる1~6章が交互に書かれています。

 

 

 

 

海外での賞を受賞している長谷部香監督が、新人脚本家の甲斐千尋に声を書けてきたのはなぜか?

 

撮りたいテーマは、千尋の故郷・笹塚町の「笹塚町一家殺害事件」だという。

その事件は、全国的に有名になった事件でもなく、迷宮入りした事件でもなく、刑も確定して世間からは忘れられている事件なのに…

 

…ということで、かなり早いペースで読みました。

 

たくさん登場人物が出てくるのと、過去の話と現在の話が交互に出てくるので、ノートにまとめながら読みました。

 

余談ですが、読書ノートに人物相関図や、時間経過、感情の流れなどを矢印で示しておくとすごく頭に入ります。

 

核になっている「笹塚町一家殺害事件」の被害者の1人、沙良。

長谷部監督が不遇だった幼い頃、ベランダの仕切板の向こうで、同じように家族から切り離され、ベランダに出されていた人物ではないか。彼女がなぜ殺されなければならなかったのかを知りたい、といいます。

 

長谷部香の幼稚園時代、ピアノが上手だった友達・甲斐千穂が、ピアニストを諦めて脚本家になり、甲斐千尋と名乗っているのでは?と声をかけてきたのでした。

 

甲斐千穂は脚本家・甲斐千尋の姉。千尋はペンネームで、本名は、甲斐「真尋」。

 

長谷部は、幼稚園の頃、母にドリルをやらされていて、できないとベランダに出され、孤独感や自責の念を懐きながら数時間そこですごしていたのですが、ある日、隣の部屋との間の仕切板の向こうに、同じような境遇の子がいる事がわかり、勇気づけられます。会話はできないけれど、指を出すと、柔らかな指先を重ねてきて そのぬくもりに癒やされていたのです。

その一家の娘が沙良でした。あの仕切板の向こうにいた沙良がなぜ殺されなければならなかったのか、その話を追体験として描くことで、長谷部もまた、あの不幸な幼少期の記憶から卒業したかったのでしょう。

 

脚本を書くため、事件当時のことを調べていくうちに、故郷で15年前に起きた事件、という認識しか無かった「笹塚町一家殺害事件」の犯人である沙良の兄・力輝斗と

甲斐千尋の一家と関係があったことがわかります。

長谷部香が仕切板の向こうにいたと思っていた人物は、沙良ではなく兄の力輝斗だったこともわかります。

沙良は、虚言癖のある「触れてはいけない」人物だったのです。

 

幼稚園児にドリルをやらせて 寒いベランダに放り出す件は、虐待を受けて死亡した結愛ちゃんの事件を思い出します。

 

兄の精神鑑定についても、責任能力があったのかなかったのかという議論も描かれ、今風の話題を取り入れた感。

 

 

長谷部香が、自分と仲間だと思っていた沙良が、実はとんでもない人物だったことが、千尋の従兄弟の口から語られ、殺人事件への真相がベールが一枚ずつ剥がれていくように見えてくるのが面白く、ページを繰る手が止まりません。

 

実は、親からネグレクトを受けていたのは力輝斗で、沙良は猫可愛がりされて 大きな差を付けて育てられていました。

力輝斗の存在は、近所の人にもあまり知られておらず、学校にも通っていなくて、携帯電話さえ持っていなかったのです。

そんな彼の心の支えは…

 

 

脚本家・甲斐千尋 本名・真尋の姉の千穂だったのです。

ネコ将軍(公園でネコを可愛がっていたから)、とバカにするものもいれば気持ち悪がるものもいるけれど、本当は心の優しい青年で、ピアノスランプの脱却のため、苦手な逆上がりに挑戦している千穂にアドバイスをくれた青年です…

 

千穂をピアニストにさせるために頑張る母は、千穂が来る前に公園で力輝斗に会って、身を引くよう頼みます。

そして不幸は、力輝斗の妹が沙良だったこと。

兄の付き合っているのが 笹塚高校で同じ学年の甲斐千穂と知って近づき、未必の故意で千穂を事故で死なせ、とっとと現場から逃げ去りました。

 

それを知った兄・力輝斗に、「あんたの大切な人を殺してやった」と挑発的な言葉をかけた沙良。

力輝斗は、クリスマスケーキをカットするために用意されていたナイフを妹の胸に突き立て、家に火を放ったのでした。

 

 

この本のテーマは、新進気鋭の長谷部香が、過去の真実に光を当て、自分の中に落とし所を見つけて、辛い過去を乗り越えようとする物語かな、と思いました。

 

幼少期、母からの虐待とは言えないまでも、邪険に扱われた悲しい過去。

父が自殺(実際はそうではなかったが)してからは、母は心を病み、父の面影が重なる香との仲はますますこじれました。

父方の祖父母に引き取られてから、正義感の強い父のようになりたい、と

中学時代、クラスでいじめられている男子を助けたら、その子から一緒に映画を見に行こうと誘われ、キスされそうに…

断る時に、「くさい!気持ち悪い!」とひどい捨て台詞を投げかけたら、その子は「長谷部香さんごめんなさい」という遺書を遺し自死してしまいました。家族から責められ、自責の念を抱えて生きています。

 

「告白」ほどではないにしても、イヤミスの湊かなえさんらしい ズドンと重い石を飲み込んだような気分になる小説です。

 

ラストシーンは、昔父が通った映画通が集まる喫茶店で 父は自殺ではなく、事故死だったのでは…とわかり、父が好きだった映画を撮り続けよう、と香の決意で終わります。

 

落日、というタイトルは、海と山に囲まれた細長い街「笹塚町」の山から観る夕日。

千尋の脚本家デビューのドラマのラスト、海に沈む太陽を眺める場面は、笹塚町・神池山の中腹では?と 初めて千尋に会った時に 長谷部香が聞いてくるほどきれいな夕日が見える場所。

 

様々な悩みや、重たい過去や現実を抱えていても、いつかまた希望の明日が来る、という隠喩なのかな、と思いました。

 

長編で登場人物も多く、苦く辛い話が出てきます。

読後、一番囚われたのは、立石力輝斗の人生について。

 

小学生時代から、事あるごとにベランダに出され、妹は着飾って両親と食事にでかけたりしているのに、家で留守番、学校にも行けず、携帯すら与えられず。

妹の部屋に行くには、兄の部屋を通らなければならない構造の家に住み ←著者都合?

たった1人心を許しあえた千穂も妹・沙良の悪意で亡くなってしまった…

仕事が長続きしなかった力輝斗に、ようやく続けられる仕事が見つかり 希望が見えた矢先に知らされた千穂の死。

理由はどうであれ、殺す、いじめる、暴力を振るうことは絶対に許されませんが、

力輝斗の20年ばかりの人生で、幸せだった時期があまりにも短く、小さく、

千穂のいない世界で生きる意味もない、と 全く生に執着せず、死刑を望み確定しています。

 

あまりにも気の毒で理不尽な人生に同情を禁じえません。

せめて、残りの人生で 何らかの希望の光と安らぎを見つけてほしいな、と思いました。

 

サクサク読めるけど、読後がしんどいわ・・・